主婦1
カップ麺にバーコードリーダーを当てる。ピッという電子音と共に
レジモニターに金額が表示される。発泡酒、ピッ、ノリ弁当、ピッ、
半額シールが貼ってあるので、モニターの”割引”アイコンをタップして
50と入力・・・ピッ。
「640円になります」「ああ?」レジ向こうのジャージを着た中年男性が
聞き返してくる。「すみません、640円です」私はもう一度できる限り
ゆっくりはっきり金額を伝えた。彼は私の尖った耳を無遠慮にじろじろ
眺めながら「ったくちゃんとニホンゴしゃべれよなぁ」
出してきた千円札をレジに吸い込ませると、ジャラジャラとお釣りカップに
360円が出てくる。レシートを下にしてお釣りを差し出す。
「大変失礼いたしました。360円のお返しです」すると男性は、
「あ、ポイント使うわ!引いて!これ!」薄汚れたポイントカードを出してきた。えっ?ど、どうしよう?ポイント処理は最初に済ませなきゃ
いけないんだけど・・・。まごついている私に、
「あ~お客さんこれ駄目ね~ポイント先出してくれないと
駄目ね~この次ね~ごめんね~」後から割り込んでくれた女性がいる。
男性は舌打ちしたがそのまま出て行ってくれた。
「ミンミンさん、ありがとうございます!」頭を下げる私に、
「いよいよリピアちゃん!困った時はお互い様ね~」
ミンミンさんはベトナム人だ。不慣れな私に色々教えてくれた師匠でもある。
「そろそろ交代ね~」「すみません、じゃ後お願いします」
交代の時はたとえ一瞬でもレジを停止しなくてはならない。
だから私は”レジ休止中”の札を台の上に置くとバックヤードへ下がった。
私は上川リピア。30歳。二児の母で、パートタイマー。そして、
ファンタジアンのエルフ族
神樹イグドラシルと共にエルフの民は在る。
共に生き、共に寄り添い、共に滅ぶ。
イグドラシルは自らの使いとしてエルフの民を選んだ。
ゆえにエルフの民にはイグドラシルの使いの証として特別な力が与えられた。
それを 魔 法 と呼ぶ。
エルフの身も、心も、命も、すべてはイグドラシルのもの。
100年に一度、イグドラシルの使いが生まれ変わる時
エルフの民は憑代の巫女を生贄として捧げなくてはならない。
三角巾を取ると、薄緑色の髪がこぼれる。やだ、白髪入ってる?。
昔は自分でも自慢の新緑色だったのに。ストレスかしら。
鏡の中の自分は相変わらず疲れた顔だ。無意識に耳先がピクついている。
私はロッカーを閉め、タイムカードを押すと控室を出た。
「お先失礼します」デスクでPCに向かっていた店長が顔を上げる。
「あ~上川さん」「はい?」
「明日なんだけど午後入れないかな?」
「・・・すみません、明日子供の登校日で保護者会があるらしくて、無理です」
「夏休みなのに?あ~じゃいいや、お疲れさん」
「失礼します」ドアを開ける私の背後から「参ったなぁ~はぁ~」
聞えよがしなため息が聞こえる。でも無理なものは無理、
これでも変則シフト結構入れてんですから。
店に出ると買い物かごを取った。ここ「マルカクストア」は
従業員だからと言って商品をタダでくれたりはしない。が、
消費税分くらいは安くなる優待制度がある。仕事明けには
いつも家用の買い物をして行くのが習慣だ。
今日は何に・・・暑いからさっぱりしたものが食べたいけど、
それじゃ子供たちが満足しない。アジフライに枝豆をすり下ろして
マヨネーズと和えた”エルフ風ソース”を作ってかけてみるか。
でも信也さんは嫌いなのよねアレ。何でもすぐ醤油かけちゃう
んだからあの人。トングを手にプラパックに揚げ物を詰め込む。
最後に特売の低脂肪牛乳を2つ取ってレジに向かおうとした時!
私の視界に人影が一つ。他店のコンビニ袋とショッピングトートを
重ね持ちしている。棚の菓子パンを手に取り、コンビニ袋とトートに
・・・入れた!店入り口にかごを戻しそのまま出ていく!
私は自分のかごを床に置くと後を追った。
「あの!すみません!お会計まだですよね?」
店外で呼び止められて振り向いた顔が驚く。
「エルフ!お前!エルフ!」こっちも少し驚く。
紫色の肌に尖った耳、小柄な背丈。ゴブリン族の女性だった。
「店内に戻って、お支払いください。今なら、まだ間に合います」
私は言った。彼女は答えない。
口惜しさと憎悪に満ちた眼差しが私に突き刺さる。
そこへ店長が出てきてしまった。彼女からトートもぎ取り中を開けると、
マルカクストアの商品がぎっしり入っていた。未払いの。
「事務室来てください」店長は感情を抑えた口調で言う。いつもの対応だ。
女性は動かない。「さあ!」店長が肩に手をかけると、
やにわにその手に噛みついた!「痛ってぇ!こいつ!」彼女の手を捩じ上げる。
出てきたほかの男性店員も加勢する。自分が取り押さえられているのにも関わらず
ゴブリンの女性は私を睨みつけ唾を吐いた。
「畜生!エルフ!お高く留まりやがって!
バカにしやがって!あっちでも! こ っ ち で も !」
事務室に連れていかれる彼女とすれ違いに、ミンミンさんが心配げに出てきた。
「リピアちゃん!大丈夫?」「え、ええ、私は平気です。店長さんが噛みつかれて」腕組みをしたミンミンさんは「まったく、碌なもんじゃないねゴブリンは。
エルフのリピアちゃんとはえらい違いね~」
私は彼女の顔を見る。
「ミンミンさん」
「?」
「種族と善悪は関係ないです」
「???」彼女は首を傾げた。
伝わってないようだった。
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