検疫官1


 「キュ~」つぶらな瞳が私を見上げてる。確かに可愛い、愛くるしい。

子供が虜になるのも無理ないよ。でも駄目なものはダメ。

探査犬ケルベロスを連れた私はワイバーンの子供を抱いたまま

”押収物保管棟”へ向かった。


 私、武藤ローラ。22歳。異世界トンネルSAで検疫官をしてま~す!

元々は成田で働いてたんだけど、春からここに異動になった。

日本人だけど、こっちファンタジアン側で検疫官をしている。

”互いの文化を理解する者を職員として交換配置する”という取り決めがあるからで、日本側にもファンタジアン人の検疫官がいる。


 ここは富士山の地下。日本と異世界ファンタジアンをつなぐ

東ファン高速道路の真ん中にある異世界トンネルSA。

令和18年、粒子加速器事故によって生まれた異世界への道。


 その頃私は中学生だったんだけど、あれは驚いたよね。

だってそれまでゲームやアニメの存在でしかなかった、

ファンタジー世界の住人がホントにいて、しかも現代日本に現れたんだもの。

エルフにドワーフ、ドラゴンにフェアリー、ゴブリンにオーク。


 当然、最初はお互いに警戒した。軍事衝突寸前になった事もある。

トンネルの出口、須走ICで自衛隊と向こうの軍団がにらみ合いになった映像は、

今でも年末TVの「カメラは見た!衝撃の瞬間100!」の定番だ。


 それでもどうにか対話を繰り返し、政治的、経済的、文化的な歩み寄りを

なんとかすり合わせ、平和条約の締結から国交樹立となったのが令和20年。

日本の総理大臣と向こうの長老王が握手する写真は教科書に載っている。


 同時に二国間の人的交流、貿易をスムースにするために

東ファン高速道路が整備された。須走IC~グラジュICの推定全長100㎞、

片側3車線、上り下りで6車線のスーパーハイウェイだ。

(いっつも渋滞してるけど)。


 ただ、忘れてはいけないのは、この”道”は関越や東名といった

他の高速道路とは本質的に違うって事。行先は日本でありファンタジアン。

お互いに違う”異国”を結ぶ道なんだ。


 だからここ異世界トンネルSAは”国境”の役割も担っている。

入国管理、税関、そして検疫所。で、ここが私の職場。


 建前に本音があるように、一見平穏に見える異世界トンネルSAにも裏の顔、

というと怖いか・・・でもトラブルや事件は絶えない。

密入国、テロ、そして密輸。


 日本からファンタジアンへ、ファンタジアンから日本へ、

互いの社会を混乱させないよう、やり取りできるモノ、

してはいけないモノは細かく定められている。だがその結果、

違法品が高い価値を持ってしまうというのも現実なのだ。

その防波堤の為に私たち検疫官は存在している。





 押収保管棟の扉を開けると、初老の検疫官がデスクでペンを片手に

書類の山とにらめっこしていた。つるんと禿げた頭にとんがった耳、

紫色の顔に分厚い鼻眼鏡をかけている。

「失礼します!ヨモックさん」「おう、ムトーちゃん、お疲れ!」


 ヨモックさんは私の上司でゴブリン族だ。

”ゴブリン”というとRPGとかでは”狡猾な小悪党””雑魚キャラ”の

イメージが強いけど、多くのゴブリン族は私たちと同じ普通の民だ。

もっとも、頭がいいのは本当で平均IQは150を超えると言われている。

一方で平均身長は100cmを超えることはないし、体力が心もとないのも本当だ。

だから”チビで弱い癖に知恵が回る=小賢しい”のイメージが

定着してしまったのだろう。


 だけどそんなのは勝手な思い込みだ。


 私たち検疫官はそういう” 自 分 の 差 別 感 情 ”とこそ

戦わなくてはならない。


「いいかいムトーちゃん。”種族”と”善悪”は関係ない。

関係がないんだ。忘れるなよ」


そう静かに教えてくれたのがヨモックさんなのだ。



 「保護ケージ空いてます?」私は飛竜の子を見せた。

「空くも何もガラガラだぞ。なんだ?お?ワイバーンかぁ」

「ええ、子供が隠して持ち出そうとしてました」

ヨモックさんは黄金色の小さな飛竜を見て

「鱗が剥がれてないし、翼膜も破れていない。大切に扱われてたみたいだなぁ」


 生き物を密輸しようとする者の中には”効率”とやらの為に

狭い容器に多頭を詰め込んだりするやつらがいる。その結果、

骨折したり体が変形したりで自然に返せなくなる生き物が後を絶たない。


 「ええ、いい子でしたよ。説得にも素直に応じてくれたし」

「この大きさだと・・・Sじゃ厳しいな。Mの8番を使ってくれ。

暴れると羽折っちまうから保護バンドで養生しといた方がいいかもしれん。

夕方には保護センターが来るだろう。始末は日報に記載しとけよ」


 「は~い」かっこいい仕事と思われがちだが、役人の仕事の半分は

”報告書作り”だ、日本もファンタジアンもその点は同じ、ふう。



 獣の臭いがかすかに残る保護ケージの部屋。

今日はそんなに埋まってない。居るのはL-3番に納められた

危険植物「ゴルドル」くらいだ。


 このゴルドルは別名「 金 の 生 る 木 」と言って、

その種子の表面に本物の純金を纏わせる、それに引き寄せられた人間が

どうなるか・・・研修の時に何枚か写真を見せられたが

・・・うう、思い出したくない。

当然危険植物として日本への持ち込みは厳禁とされているが、

どうだろう?・・・もしかしたら・・・私にはわからない。


 私はM-8の扉を開け、飛竜の子供を入れた。翼手を折りたたんで

保護バンドで止めると飛竜は「キュュ~」と鳴いて少しもがいた。

きついかな?でも緩くしすぎると外れてしまう。

この狭いケージの中で翼を広げて骨折でもしたら大変。

「ごめんね、あなたを守るためなの。少しの間辛抱して」ケージを閉めると

鳴き声はやんだ。

”巣穴のような暗闇で逆に安心する”そういう性質を持つ生き物は多い。

これなら大丈夫かな。

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