異世界トンネルSA

椎慕 渦

異世界トンネルSA


 「渋滞情報」ハンドルを握るパパがナビに話しかける。

「有効なネットワークが見つかりません」ナビの答にパパはため息をついて

「地図に戻して」ナビ画面は地図に戻った。ファンタジアン辺境の地図に。

「明日会社早いんだけどな」パパが人差し指でハンドルを小突く。

イラついてる証拠だ。


「仕方ないわよ。Uターンラッシュですもの」助手席のママが言う。

言葉は穏やかだが尖った耳がピクついてるのはこれまたイラついてる証拠だ。


「義武(ぎぶ)、トイレ平気?」隣の弟に話しかける。

「トイレはいい、降りたい」弟の顔色は真っ青だ。車酔いが収まらないらしい。


周りを眺める。前に車、脇はトラック、後もバス。

亀みたいにのろのろと進んでいる。うちのミニバンもその一台というわけで。


まったく、これのどこが”高速道路”なわけ?”お祖母ちゃん家”から帰る時の渋滞にはいつもマジうんざりさせられる。


あたしは上川瑠衣(かみかわ るい)。小学6年生。

パパは人間。ママはエルフ。あたしと弟はハーフエルフ。





 昔の事はよく知らないんだけど、教科書には令和18年ってなってた。その年、

富士山の地下にあった”リュウシカソクキ”とかいう機械が事故を起こして、その際、異世界”ファンタジアン”への”道”が開いたんだって。


外交樹立とか平和条約とかいろいろあって5年後、リュウシカソクキから生まれた”道”は地底高速道路として整備され、東京ーファンタジアンを結ぶ

”東ファン高速”として令和25年開通した。


同時に、検疫、税関、入国管理事務のため、富士山の地下、

異世界トンネルの中に巨大サービスエリアが作られた。

「異世界トンネルSA」が。


 今日は8月12日、あたしたちはファンタジアンのママのママ、

つまりお祖母ちゃん家でお盆を過ごし、東京に帰る所で

”Uターン渋滞”に巻き込まれたってわけ。



 「お、少し流れ出したか」パパが言うと同時にミニバンは

ホントに少しマシな速度で動き出した。「喜べギブ、異世界トンネルSAで休もう」

弟は答えない代わりにごりゅもりゅという音が喉から!「ルイ!コンビニ袋!」

ママの鋭い声にあたしはシートポケットの袋を弟の口に当てがった。

う~キモ、人のゲロなんか見たくないよ。



 ファンタジアン側からトンネルへ入ると長い円環カーブが続く。

やがて道は10車線位に広くなるがどのレーンにも車が押し寄せるので

混み具合は似たようなものだ。先にはゲートがある。が、

普通の高速と違いここは料金所ではない。

日本とファンタジアンの”国境”なんだ。


ナビ画面が赤く明滅し「まもなく通関です。電子パスポートをETCとリンクしてください」アナウンスが流れると、ママは全員分のパスポートをダッシュボードの上に乗せた。赤い点滅が青に変わる。「あなたの駐車場はU-25です。駐車後、検疫官にキーをお預けください」


ゲートを通過したミニバンは、やがて何百台も停められそうな広い駐車場に出た。中央にライトアップされたお城のような建物が見える。


” 異 世 界 ト ン ネ ル S A ”


と大きなLED看板が掲げられている。


 ミニバンが停まると、制服姿の検疫官がやってきた。頭が3つある巨犬を連れている。ケルベロスだ。普通の犬より鼻が3倍効くので密輸捜査犬として優秀らしい。ファンタジアンから日本へ違法な物が持ち出されないか監視している。パパは車のキーを、ママはお土産のリストを検疫官に渡した。検疫官は整理番号を代わりに差し出し「検疫が済み次第連絡します。異世界トンネルSAにようこそ!」


パパ「う~着いた着いた~飯でも食うかぁ!」

ママ「ルイ、ギブとトイレ行っとくのよ!まだ先長いんだから」

あたしは(なんでいつも子守?)と思ったが口に出さず

「ギブ、行こ」促したが・・・降りてこない。

はて?車酔いでダウンかな?と車内をのぞくと、

ギブは目を見開いてこっちを見ていた。

「どしたん?」弟は答えない。あたしの肩越しをじっと見ている。

振り向くと、三つ首の一つがこちらをふんふんと嗅ぎまわっている。

「なにギブゥ、ケルベロスが怖いの?」「こ、怖くないよ!」

「じゃ出て来なよ、ほら!」渋るギブの手を取って強引に引っ張りだした。

その手はなぜか、じっとり汗ばんでいた。


あたしたち一家は、ライトアップされたお城のようなSAに入っていった。




 三角形にそそり立つご飯の周りにカレーがたっぷり盛り付けられている。

名物”フジヤマカレー”だ。あたしとギブの大好物。

傍らのパパは”異世界ラーメンとカツ丼セット”、

ママは”異世界キノコ3種のクリームパスタ”


広いフードコートはいろんな人たちでごった返している。種族も様々だ。

反射ベルト付作業着を着たドワーフのおじさんたち。背中のマークを見るに

高速道路整備公団のようだ。


背中に蝶のような翅があるのはフェアリー族だろう。

”浅草”とか”原宿”の文字が目立つガイドブックを開いて議論している。

団体ツアーらしい。


ライダースーツを着てたむろしているのは獣人たちだ。狼男に猫娘、

地図を広げている。駐輪場には大きなバイクが何台も停められている。

ちょっと怖いというか、近寄りがたい。


厨房に立つのはオーク族だ。見た目でドン引きされることが多いが、

実は鋭敏な味覚と嗅覚、そして料理センスの持ち主で、

名だたる三ツ星レストランのシェフや一流料亭の板長を任される事が多い。

ここもそうで、コック帽をかぶったチーフオークがパートのおじさんおばさんに

指示を出している。


あたしが”フジヤマカレー”をほおばっていると、

「ねえ、母さんの事なんだけど」ママが言った。

フォークで突っついている目の前のパスタは量が減っていない。

パパは「そうだなぁ」メンマを箸でつまみながら答えた。


母さんーお祖母ちゃんは、要介護だ。

ママは何度か東京で一緒に暮らそうと説得したが

”空気が嫌い”の一言で頑として引っ越しを拒んだ。

ママは一人娘なのでほかに身寄りもいない。

でもそうなると・・・


「あたし転校とかヤだから」先制パンチを入れる。

パパとママは驚いた顔であたしを見る「ルイ、何もそんな事」

「言ってるじゃん、言ってるようなもんじゃん、絶対やだファンタジアンに引っ越しなんて。東京の中学行きたい」あたしは下を向いてたたみかける。

「僕はファンタジアンでもいい」「ギブは黙ってて!」

茶々を入れてきた弟をにらみつけた。


パパは困ったように笑って「ルイの気持ちはわかったよ。ただ、お祖母ちゃんが大変なのはその通りだし、パパの会社も近々ファンタジアン支社ができる予定なんだ。辞令によっては」「だったら3人で行って。あたしは行かない」喧騒が絶えないフードコートであたしたち家族のテーブルだけが沈黙に覆われる。


・・・大人は勝手だ。子供はとにかく”ムジャキ”で誰とでもすぐ”おともだち”になれると思ってる。じょ~だん!

半分人間のあたしが向こうのエルフの子たちからどう思われてるか知らないんだから。


ふいにパパのスマホが鳴った。「もしもし?え?あ、はい。今行きます」

「なに?」ママ「検疫官だ。なんか話があるって」「どういう事?」


ミニバンに戻ると、検疫官は数人に増えていた。

「あの、なにか・・・」パパ

「こちらをご覧ください」検疫官はタブレットの映像を見せた。

大きな鼻づらが車内を嗅ぎまわっている。

「ケルベロスの首輪カメラの映像です。検疫に不正が入らぬよう撮影しています」

ふいに映像内のケルベロスが車内の一角に向かい吠え始めた。

画面端から検疫官の手が伸び、犬が吠えかかっているものを手に取る。

「こちら、開けていただけますか?」検疫官は差し出した。青色の


ギブのリュックを。


その時!あたしの傍らを走り抜ける影があった。

検疫官の手からリュックをひったくる!

「ギブ!」パパ。


リュックを抱きしめたギブは

「これは・・・何でもないよ!・・・大丈夫だよ!」必死な声だった。

あたしは思い出す。車から降りた時の弟の妙な態度を。


「何でもないんだ!」言うやギブは私たちの間を駆け抜け、通路に飛び出した!

そこへ駐車のための大型車が突っ込んできた!

「ギブ!」ママが絶叫する!

ブレーキが軋むが間に合わない!

立ちすくむギブを跳ね・・・なかった!


弟は、宙に浮いていた。


リュックから飛び出した”何か”が、ギブの襟首をかぎ爪でしっかりつかんでいる。

膜で覆われた手翼、黄金色の奇麗な鱗が全身を覆い、ギブを吊り下げたままばっさばっさと羽ばたいている。


ワイバーン・・・飛竜の子供だった。


お祖母ちゃん家、ファンタジアンの森でギブはその卵を拾ったらしい。

抱えていたら孵化が始まり、生まれた飛竜はギブに懐いてしまった。

”キュ~ちゃん”彼はそう名付け可愛がっていたが、東京に帰る日が来てしまい

事に及んだ、それが真相のようだった。


「だって・・・僕がいないと・・・キュ~ちゃんは」

泣きじゃくりながら言う弟の前に、女性の検疫官がしゃがんで語りかける。

「君の優しさは疑わないわ。でもファンタジアンの生き物を日本へ持ち込むことは、いけない事なの」

「だって・・・だって」

「それに向こうの世界にはワイバーンが食べられるものがない。

病気になってしまうかもしれない、それは君の友達にとって、幸せなことかな?」


「・・・」弟は黙って抱いていた飛竜を検疫官に差し出した。

「キュ~」飛竜が小さく鳴く。確かに可愛い超カワイイ!

「安心して。この子は保護センターでちゃんと面倒見るから」

検疫官のお姉さんは飛竜を抱き上げた。

「またね、キュウちゃん」ギブは飛竜をなでた「キュ~」


あたしは黙っていた。こういう時は何も言わないのが姉心ってもんだ。



 異世界トンネルを抜けると須走ICだ。中央高速に抜ける大月方面と、

東名高速に抜ける御殿場方面の表示がある。

「渋滞情報」パパが言うとナビは「東名高速上り、足柄SA付近より15kmの渋滞」


「中央にしよう」

パパはハンドルを左に切った。






つづく












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