39.遺離(69,92)
明け方、ふと目が覚めた。瞼は重たくて、体もだるい。だけど脳だけは覚醒していた。
寒くて布団から出る気も起こらず、薄目を開けてもぞもぞと体を丸める。
少しして寝返りをうち、顔を布団の外に覗かせて部屋を見渡した。
――そのとき、はっとして思考の靄が晴れた。寒さも忘れてベッドから身を起こす。
部屋の隅に一瞬、女性らしき人影が見えた気がした。普通なら幽霊かと怯えてもおかしくないのに、私は彼女かと思ってしまった。
「……ニーナ?」
喉から絞り出すように恐る恐る尋ねたが、すぐに間違いだと気付く。雰囲気が似通っていただけで、容貌は随分違っていたはずだ。大体、幻覚だった可能性の方が高い。この世に彼女は存在しないはずだから。
それでも、人違いかもしれなくても、つい縋ってしまう。ありもしない影に彼女を重ねては後悔している。
お願い、帰ってきてと、何度考えただろう。どうしようもないはずなのに、つい縋りたくなる。私はこんなに弱くなかったつもりなのに。何かを紡ごうとする度に、彼女の残滓を探していた。
だけど同時に、激しく動揺する頻度は減りつつあった。何度も何度も破綻しそうになりながら、元に戻っては忘れようと努力してきた。それに、今の私には彼女も失望するに違いない。
これまで、幾度となく悪夢を見た。ニーナがいた頃の夢も見た。目覚める度に絶望に沈み、それと同時に暫く会えていない那奈を思い出す。私も那奈も、まめに連絡をする習慣が無いから話もなかなか出来ていない。
あんなに大事だったのに、少しずつ平気になっていく事実が恐かった。徐々に全身が凍りついていくのが分かる。そもそも、これが普通だった。
所詮自分なんて、その程度だったんだと思えてくる。何もかも、私の夢か妄想だった気がしてくる。
元来私は、現実味が薄くなりがちな性質だった。認知したくないこと、予想外のことには滅法弱かった。慣れきったことだけに囲まれて、場に応じた乖離が激しくて。
窓を開けても、部屋は真っ暗なままだ。住宅街の隙間から、陽が昇る直前の紺色が覗いている。暫くすると徐々に光が差し込んできた。その眩しさに少し目を細める。
そして私は、再びカーテンを閉め切って、布団に潜り込んだのだった。
eins.
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