37.類似(67)

「だからー、何でもないんだってば」

「だけどさ……」


 ふくれっ面の彩がバタン、とドアを閉めてリビングを出ていく。入れ替わりに伯母さんが入ってきて、不思議そうに彩の後ろ姿を振り返った。


「徹くん、どうかした?」

「何でもない」

「ああ、また喧嘩したの」

「……違う」


 顔をしかめたが、あはは、と軽く笑われてしまった。伯母さんの娘を心配してるってのに失礼な。


 従妹の彩は最近様子がおかしかった。もしかすると、随分前にいなくなった飼い猫のことを引き摺っているのか。それか学校関連のことなど、俺には把握できないことか。

 取り敢えずあいつくらい構ってやろうとしても、こんな感じでつれない態度ばかりとられる。しつこいくらいに何でもないの一点張りだ。

 だけどこの前なんか、ほとんど昼食を食べていなかった。さすがに胡散臭いし気になる。今のところ顔色は悪くないから暫くは大丈夫そうだが。



「お兄ちゃんって、何にも気にしてない感じだよね」


 彩に言われたことがある。何の話の流れだったか忘れたが、彩は俺をそう評した。家だといつも軽口ばかり叩いているからだろうか。これでも多少は考え込んでいる自負はあるのに、何だか不本意だった。


 そもそも俺は、何もかもに目を瞑っているから辛くないだけだ。流行り廃りに触れないのも、不用意に近付きたくないからだった。迂闊に盛り上がりたくないから。知られたくないから自分も尋ねない。


 ついこの間の、妙な青年を思い出す。手伝ってやれと言われても、あれ以降変な存在には出くわしていなかった。結局なんだかんだと世話を焼いているのは彩くらいになっている。大体あれは現実だったのか、正直自信がない。


 無気力で身体を動かせないまま毎日を潰して、後悔ばかりが募ってますます身体が動かなくなる。ネットを漁っても同類に絶望するだけだからSNSは滅多に使わない。

 昨今流行りの現実的な闇に傾いた歌も小説も、あまり好きではなかった。同じ暗いものでも、出来るだけ幻想世界のものがいい。

 単純な同族嫌悪も馬鹿馬鹿しいと思いつつ、無意識の好悪は変えられないままだ。



 いつの間にか戻ってきて窓際で無表情にキャットフードを取り替える後ろ姿を眺める。猫を捜し出すような特殊能力は生憎持ち合わせていないし、結局俺には何も出来ない。


 茶化しながら見守るしかないな、と俺は相変わらずの空気感で彩に近寄るのだった。

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