36.巡望(60,63,78,89)

「……やっぱり」


 私はまた、手の付けられていない餌入れを抱えて溜息を吐いた。

 夏に黒猫がいなくなってから、秋が過ぎて年も明け、冬本番に入ろうとしている。何度も何度も餌を用意しては、翌朝にまっさらなままのものを片付けてきた。もう期待なんかしていないつもりでも、どうしてもこれは止められない。


 私はこの1、2ヶ月間体調があまり良くなかった。お腹は空いているはずなのに、喉がつかえてほとんど何も飲み込めない。断食ダイエットなんて言葉があるくらいだから、たぶん数日間は全然問題ないんだけど。

 体調を崩してから時間が経ちすぎて、原因が何なのかも分からない。……急に気温が下がったせいかもしれないな。

 家族には冗談めかして伝えたけど、いつまでご飯を食べられないんだろうか。



 ◇◇◇◇



 数日経って、少し回復したと思ったのにまたぶり返した。普通に食べられるようにはなったけど、1日中胃の不快感が続いて嫌になる。こんなに身体が弱いほうだったっけ。

 重だるい身体をベッドに投げ出してぼうっと考える。

 もしも不調の原因があのことで、泣けば解消されるなら。直接の原因でなくとも、治りにくさに関係しているとしたら。

 試す価値はあると思った。

 何にしろ、体調が悪いときに不安定なのは都合が悪い。


 私は早速、枕をぎゅっと抱き締めて小さく嗚咽を漏らす。

 ずっと泣かずにいることは物凄く簡単だった。だけど、一旦泣こうと決めてみると、案外あっさりと涙が溢れた。まあ体調の微妙さが大きい気がするけれど。


「……ね、おいで」


 ぐずぐずと濡れた声で囁けば、白猫は大人しく寄り添ってくれる。いつもならするりと逃げていくのに、今日は強めに抱いても怒らなかった。


 どうすれば受け入れられるんだろう。あの子が戻ったとしても、いつかもう一度失うなら同じことだ。それは勿論分かっているけれど。

 もしこのまま不具合が起こり続けるなら、どうにかして忘れなければいけない。忘れずに立ち直れる強さを持たないなら、そうするしかないんだろう。


 こんなにも鬱々とする私は、飼い主には相応しくなかったのかもしれない。

 ――だけど、そう分かってしまった今もこの子に甘える私は、また同じことを繰り返すのだろう。


 いつまでも、あの鈴の音を忘れられないままに。

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