35.擬楽(59,70,71,75,90,95)

 ――小学校の頃、私は孤立していた。クラス替えの後、いつの間にか誰も私に近寄らなくなっていた。当時は分からなかったけど、たぶん陰口が流行ったんだろう。


 そんなとき、1人の女の子が話しかけてくれた。隣のクラスで辛うじて顔見知りな程度だったから大分驚いた気がする。


「ちさとちゃん」


 と私の名前を繰り返して笑っていたその子、優里は何も知らないようだった。

 噂に疎かったのか、まず周りの空気にも興味が無いタイプだったのか。

 他クラスでも感付いていた子は多分一定数いて、その中で気付いていないのは少し不思議だった。だけど、それはそれで気が楽だったと思う。

 私は嬉しくて1日中くっついていた。


 それが、何故かその1日だけしか優里と話した記憶が無い。あれから時々、学校内で見かける度に目で追っていた。だけど結局関わる機会は無いままだった。

 優里も、私のことは忘れているに違いない。



 ◇◇◇◇



 もう二度と、余計な質問はしないと誓った。私の領域を正しく測れないなら、何もしなければいいんだと。一度間違ったのだから何も聞くべきではない。

 自ら関わるのが普通なんだと思った。だから試したのに失敗した。向いていないと実証されてしまった。何年経とうと忘れられない。本当なら物心がつく前に学ぶこと。



 ◇◇◇◇



 大学の敷地内でベンチに座り荷物を纏めていたとき、物陰に誰かの気配を感じた。


 ――もう学生の大半は帰ったはずなのに。


 怪訝に思っていると、相手から近くへ移動してきた。私を虚ろな目で見詰めている影は、恐らく女性だった。

 黒いローブの、綺麗な女性。時折その姿にはノイズが走った。裾から零れた長い髪が、音も立てず風に靡いている。


 その沈黙を破るように、もう一つの影が姿を現した。女性のローブを掴み、ぐっと顔を覗き込む。


「……やっと見つけた。貴女ですよね」


 どこか幼さの残る青年が、有無を言わさず詰め寄った。


「先輩のところに、ついてきて貰います」


 ふと近くに佇む私に気付き、何か言いたげに見詰めてくる。


「……お気になさらず」


 首を振ると、青年は小さく一礼した。


「……では、失礼しました」


 どうやら女性を迎えに来たらしい彼は、彼女の白い手を引いて虚空へと消えていった。


 独りきりになった私は、今度こそ荷物を背負って下校する。すっかり陽の落ちた紫紺の景色に、幼い頃の人影を思い出した。


 凍てつく空気が、総てを刺し止めているような気がした。

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