34.残火(54,80,96)
埓外だからこそ安心できるのなら、これ以上何も望まない。
――私なんて、どうでもいいんだから。
◇◇◇◇
夕暮れ時、コンビニで朝食用のパンを物色しながらつい気が重くなる。最近全く懐人の家に行っていない。親友のことばかり考えているつもりでも、日に一度はあの幼馴染みの顔を思い出す。
小さい頃からずっと気に掛けてきたから、それは仕方のないことだった。毎日のように家に押しかけてもいた。
……が、そうだとしても、だ。
玄関先で押し倒して好き勝手なことを宣ったのを思い出し、どっと疲れが押し寄せる。なんてことをしたんだろうか。今まで感じたことが無いほど気まずい。
もう来るなと言われたあたりからおかしくなってしまった。私は今更何も言うつもりは無かったのに。
「ありがとうございましたー」
レジから響く声を聞きながら、結局何も買わずに自動ドアをくぐった。
そうして家に向かう途中、別のコンビニの前を通りかかったとき。少し離れた場所に、懐人が立っていた。確実に目があった。
――まずい。
慌てた私は、咄嗟に無言で立ち去ってしまったのだった。
暫くそのまま足早に歩いていると、急に背後から手首を掴まれた。ぞっとして咄嗟に振り払い、相手と距離を取る。
不審者に狙われるような覚えはないけど、と考えつつ私は様子を窺おうとした。
「実子、俺だっ、待ってっ……」
即座に聞こえた心当たりのあり過ぎる声に、身体が硬直した。
「……どうしたの」
息を切らして何も言えない状態の懐人に恐る恐る近付いて顔を覗き込む。
「……ごめん、俺が悪かった」
「……え、それ私の台詞でしょう」
唐突な謝罪に面食らって、つい普段のトーンで答えてしまう。
前触れも無く何なんだろう。
「合わせる顔がないのは私の方だと思うんだけど」
「違う、そうじゃなくて」
煮え切らない様子にまた普段通りイラッとする。習慣とは恐ろしい。
「実子と会わないのは無理だ、分かった」
「は?」
「……この前来るなって言ったのも、今更遠慮したのもごめん」
懐人の文章力、というか発言力の無さに呆れつつ、切れ切れの言葉から言いたいことは何となく分かった。
かなり息の整った懐人をじっと見据える。
……私こそ、何を躊躇っていたんだろう。どんな形でもいい、ただ今まで通りを望んでいた。
……もう、何でもいいか。
大きく息を吐いた私は、懐人に一言こう言った。
「……じゃあ、また明日」
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