33.割配(52)
薄暗い夕方、優里は本棚の古いファイルを漁っていた。中の黄ばんだプリントを捲っていると、1枚の写真が床に落ちる。
そこには優里一人だけが写っていた。たぶん、小学校の低学年だろう。
――何気なく眺めていると、写真の頃の苦い思い出が蘇ってきたのだった。
◇◇◇◇
2年生のクラス替えから暫く経っても、優里はクラスに馴染めていなかった。休み時間はほぼ毎日、自分の席で本を読み時間を潰していた。
ある日珍しく訪れた図書室で、近くにいた女の子に話しかけた。ほんの気紛れだった。
違うクラスで名前も分からないので名札を見てみる。『千聖』と書かれていた。
「ねえ、なんて読むの?」
漢字で書かれた名前を見て、優里はそう聞いた。小学2年では、漢字はまだ難しかった。
「ちさと」
ちさと、と繰り返し、ふふっと笑う。
「よろしく、千聖ちゃん」
「うん、よろしく」
千聖はしっかりした性格だった。話が盛り上がったその日は、廊下ですれ違う度に千聖が話しかけてくれた。
思いがけなさに戸惑う優里は、千聖にこう誘われた。
「ねえ、今日一緒に帰ろうよ」
優里は、目を丸くして千聖を見つめた。
「だめ?」
「ううん、一緒に帰ろう」
帰りの会が終わり、ランドセルを背負った優里は廊下で待とうとした。教室が離れていて分かりづらいが、たぶんまだ千聖は来ていないと思った。
目の前を大勢の子どもが通り過ぎていく。廊下の隅に突っ立った優里は、皆から自分が見られているような気がしていた。落ち着かなくなって、そわそわし始める。
段々と人気がなくなって優里はますます不安になった。
もう、帰ったのかもしれない。
どうしよう、どうしようと、そればかりが頭に浮かぶ。
……優里の足は勝手に、下駄箱の方へと向かっていった。
その帰り道、取り乱していた優里はいつもと違う角を曲がった。気が付けば見知らぬ通りにいて、重なる不安で涙が滲む。
沈み始めた太陽にとうとう泣きそうになった優里の手を、突然温かさが包んだ。
はっと見上げると、長い髪が見えた。見慣れないローブに隠され、顔はよく見えない。
不思議と怖さは感じなかった。
優里は不自然なほど短時間のうちに、自宅へと辿り着いていた。
◇◇◇◇
どんなことも、一番に忘れられるのでしょう。勿論それで当然とも思うけれど。
去り切れない中途半端な欠片たちは、どこで機能しているのだろうか。
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