30.幻肢痛(45,81,82)

 今日も私は、手つかずのキャットフードを片付けていた。外からは何の気配もしない。

 あれから、半年近くが経とうとしていた。


 窓を開けると野良猫が集まるからと言われて、最近は仕方なく床に餌入れを置いていた。

 ……これじゃあ帰っても家に入ってこないかもしれないじゃない。


 もう一匹の白猫は、お行儀よく自分のご飯にしか口をつけない。もぐもぐと餌を頬張る彼女には悪いけれど、あの子は唯一無二だった。

 勿論彼女も同じくらい大切だけど、彼が帰ってこそ私は充たされる。……彼にとって私が二の次だとしても。



 あの子はペットショップで買ったわけじゃない。1年前、親戚の家で見つけた子だ。生まれたての黒い小猫が、裏の茂みで鳴いていた。

 私はどうしても目が離せなくなった。放って置けなかった。

 そのまま、両親を説得して連れてきてしまったのだ。


 にゃあ、という声に自分の名前を重ねていた。呼んでくれている気がして嬉しかった。

 半年しか一緒にいなかったけれど、本当に幸せだった。これからもずっと一緒なんだと思っていた。



 私だけが覚えている。私だけが拘っている。鬱陶しいほど気にし続けて、何の得にもならない。

 そうわかっていても時々、いや、かなり頻繁に私は呆然としていた。従兄弟のマグカップを落として粉々にしたこともある。

 ガシャン、と響いた冷たい音でやっと我に返ったのだった。


 ひねくれたところのあるお兄ちゃんでさえ、あの時は怒らず気遣ってくれた。


「大丈夫か」

「ありがと。でも、大丈夫」


 私は、へらりと笑ってかわし続けた。



 言葉にしなければ堪えられた。全部私の妄想だと思えた。……現実の痛みに堪えられるほど私は強くないとわかっていた。

 だから、ずっと閉じ込め続けた。失った半身は疼き続ける。



「……彩、やっぱり何かおかしいだろ」

「何でもないって言ってるでしょ」


 徹お兄ちゃんは無口なくせに、こんなときばかりお節介だった。おまけにやたら勘がいい。

 家が少し離れているのに、しょっちゅう顔を出すようになった。従兄弟だというのに、本当のお兄ちゃんなんじゃないかと思うほど。

 でも、私もしつこく誤魔化し続けた。



 夜毎、ベッドで枕に抱きついてどうにかやり過ごした。側には白猫が寄り添ってくれた。

 いつも、涙は溢れても声だけは出なかった。

 後悔に取り憑かれて、寝る時間は遅くなる一方だった。髪も減り始めた。

 ……だけど、彼はいつまでも帰らない。


 それでも私は、大丈夫だった。

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