24.知書(31,83)
佇む私の背後で、古ぼけた大時計が軋んだ時を刻む。錆びているものを長年無理やり動かしているせいで、鐘の音は少し不格好だ。揺れるたびに金属が擦れる音は流石に耳障りだけど、結局放置している。……それに、どうせもうすぐ聞かなくなるのだから。
見渡せば床にも壁にも、今まで集めた文献が所狭しと並んでいる。ずっと前、書き付けられた瞬間に時を止めた彼らは、私とは異なり記述そのものを変えることが無い。解釈こそ可変でも自身は永遠に生きるものだと、誰かの受け売りかもしれないけれど私は思ってきた。
人一人居ない私の隠れ家。ここにあるものは全部、私を慰める。全部、黙って受け入れてくれる。そして、私を置き去りにすることも勿論無かった。私の拠り所だった。
それでも、私の目的は私ではない。いつも私の脳裏には、彼女の儚げな笑顔が浮かんでいる。いつだって忘れることなど無い。
集めたすべての叡智は、貴女だけのために。
「幻想だけが、世界を救えるんだ」
独り言ちながら、最後の仕上げに取り掛かる。短い生涯を賭けた術式の最終調整だ。
堆く積んだ古文書の埃っぽい匂いが鼻についた。いつから始めたのか、最早はっきりとは覚えていなかった。
何もかも氷漬けにしたなら、貴女は救われるだろうか。時を止めて、万人を愚者にしたなら、もう悩まないだろうか。
……いつか、心からの微笑みを見られるかもしれない。
準備は整った。私は迷うことなく儀式を始める。
突風に舞う埃を吸って激しく咳込んだ。目にも入り込んだのか、刺したように痛んで涙が溢れる。
失敗したとしても構わない。私の存在が壊れてもいい。
頁のはためく音が激しくなるにつれ、頭が割れるように痛み出す。舞い散る蝶の羽が、悍ましい魔法陣を彩っていく。酸鼻をきわめる思い出に私は満たされる。
「大丈夫、私が終わらせてあげるから」
あの約束を果たすときが来た。きっと彼女は戯れと思っているだろうけど、私は本気だった。いつも、あの私自身の囁きを反芻していた。そして全てを捧げてきた。
――大好きな貴女へ。
最期の吐息は、伝わる当てを失ってしまった。
部屋中を包み込む、私の狂気を浄化するような青白い光。私の眼はそれだけを映して、感覚を失った。全身が震え、否応なくがくりと膝を付く。
倒れ込む間際、自分の身体が空気に溶け込むような気がした。
どんな滓も、たった一言で拭われるのに。望み過ぎた私は、万物を壊し始める。
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