23.灯氷(30,57,74,86,97)

 俺が一人暮らしを始めてから2ヶ月ほど経った。……が、親に頼りきりだったせいで家事が全く追いつかない。うかうかしているとあっという間に部屋は散らかるし、ゴミも溜まっていく。情けない。

 ところで、こんな自堕落を許してくれない人間が1人いた。



 午後6時。キッチンで手持ち無沙汰に突っ立った俺の周りを、我が物顔で幼なじみが歩きまわっている。

 夕飯は心底助かるけど、相変わらず実子の態度が大きい。じっと眺めていると首だけでこっちを仰ぎ見た。目で邪魔だと訴えている。


「ねえ、何もしないならあっち行って」


 しっしっと手を動かされ、仕方なくすぐ隣のリビングに逃げる。そういえば今年で二十歳になるわけだから、10年以上の付き合いのはずだ。

 ここ数日は暇なのか、毎日うちで夕飯を食べていた。ご丁寧にも皿洗いまでしていってくれる。無論俺が溜め込んでいる分も。




 くるくる働く見慣れた背中を見ていると、何もかも世話になっている状態が無性に情けなくなった。……いや、今まで気付かない振りをしていただけだ。ずっと悪いと思っていた。


「なあ、実子」

「何」


 帰り支度をしながらちらと目線を寄越す。




「もう来るな」


 言った瞬間、目を見開いて固まった。その予想外の反応にたじろぎそうになる。


「何でよ」

「何でも」

「説明しなさい」


 埒があかない。苛立った様子の実子の腕を掴んで、自分の方へ引き寄せた。


「……来ないでくれ」


 目を逸らしたくなるのを必死に堪え、鋭く睨みつける。


「……分かった」


 思い切り睨み返してから、顔を背けて俺の手を振り払った。そのまま素早く去って行く。



 実子が出ていった後、膝から崩れ落ちた。追い出したくせ、手を引いて今すぐ連れ戻したかった。



 ◇◇◇◇


 今更気付いた事実。散々話していながら、嘘つきだと罵られるだろうか。

 もう何も言わなければ、これ以上後悔することは無いと思った。迷惑を宣うつもりは無かった。


 ◇◇◇◇



 2ヶ月ほど経った。不意に鳴ったインターホンにドアスコープを覗き、信じられない思いで鍵を開ける。


「……また来たのか」

「悪い?」


 つい憎まれ口を叩くと、実子はいつも通り眉をひそめた。何も気にしていないように、積み上がったゴミに小言をつける。

 嬉しさで息が苦しいことは永久に秘密だ。


「……ありがとう」


 呟きが聞こえたかは分からない。だって、実子は一切振り返らなかった。



 救いや理解なんて期待しないけど。それでも傍で語っていたい。

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