21.擁霧(27,84,93)

 6月上旬、私は未だに慣れない大学で、外国語の講義を受けていた。梅雨が近いのか、窓の外は土砂降りの雨だった。

 文系出身だけど、昔軽く習った雨粒の問題を思い出す。得意ではないけど懐かしい。


 チャイムが鳴り、私はさっさと片付けを始める。と、久々に声をかけられた。


「実子ちゃん、次授業あるの?」

「ううん、空いてる」

「それなら、一緒にお昼食べない? 混む前に食堂で食べようと思ってるんだけど」


 偶然近くにいた同じ学部の人に誘われ、ありがたく付いて行くことにした。お昼の食堂は混雑するから、これくらいの時間でないと行く気になれない。



 ◇◇◇◇



 すっかり顔馴染みになった人たちと目が合い、今日も誘ってもらう。もう7月で、道を歩くだけで汗が噴き出した。


「あ、今日はお昼ご飯抜くつもりだから」

「え、お腹空かない?」

「最近眠いから、試しに食べずに済ませようと思って」

「そっか、じゃあまた今度ね」

「うん、ありがとう」


 彼女たちを見送ってから、踵を返して食堂から遠ざかり、できるだけ人の少ない広場を探して木陰に腰掛けた。

 私はそのまま、昼休みが終わるまで呆然と座り込んでいた。



 ある夜、自室でパソコンに向かっていると唐突に心臓が痛みだした。ぐるぐると思考が渦巻いて手に負えなくなる。ぼやけた嫌悪感だけが鮮やかだった。


「……っ、下らない」


 小声で吐き捨てて、何度目とも知れず否定した。自分のほうが間違っていると、どうにか言い聞かせる。何のことか分からなくても、とりあえず否定する。


「下らない、下らない、下らない……」


 わざわざ声に出し、脳内ではもっと繰り返して、執拗に押し潰す。下らない、それ以上思考が進まないように。その言葉で全て表せるように。

 屑なことくらい分かっているのだから。



 秋も深まったけど、最近は大抵、教室で一番席が余っている場所に目を付け、一直線にそこへ向かう。まあ、グループワークの多い授業は流石にそうしない。でもこのせいで、黒板の見えやすさは日によってまちまちになった。



 ◇◇◇◇



 気が付けば、もう大学生になって1年が経っていた。3月も中旬になり、長い春休みの折り返し地点を過ぎている。

 一昨日、浪人していた優里の進学が決まった。私の通う学校だと言っていた。ただ、私と違って彼女は実家から通うらしい。


 もし優里と同じ学校にならなければ、私はこの先どう過ごすだろう。


 濁った夕暮れのなか、何だか、酷くどうでもいい疑問が頭を掠めた気がした。

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