20.滅刃(26,33,64,65,72,73,87)
訳もなく覚醒した私は、随分長く彷徨い続けていた。昼も夜も分からず、ひたすら流れ続けた。
昔の記憶は、正直ほとんどが曖昧だった。それでも確実に、ある事実だけは忘れていなかった。
遠い昔、ある人と別れてから、ずっと虚ろに彷徨っていたのだ。私は一度、思考も身体も棄てたはずだった。何か途方もない過ちを犯して、堪えきれなくなった。それだけは覚えていた。
何日も、いや、何年も経っていたかもしれない頃。ある時、何かに導かれた気がした。何も無い空気が、心臓が震えた。
私はそれに抗わず、寧ろ歓喜しながら、手を引かれるまま流された。何かを取り戻せるかもしれない、記憶も覚束ないのに唯そう思った。
◇◇◇◇
貴女に呼ばれた気がした。漸く出会えた。やっと、見つけてくれた。
◇◇◇◇
気が付けば埃に覆われた研究室にいた。微かに覚えのある眺めのなか、1人の女性が頰を歪ませる。懐かしい彼女は憔悴しきっていた。
震える手が私の腕を掴む。薄暗い部屋は様々なもので乱れていた。硝子の破片を、彼女は意に介さず踏みつけた。
足下に広がる蝶の羽が玉虫のように光を放つ。彼女はやはり誘蛾灯だった。
細い手は信じられない強さで私の腕を締め付ける。それでも尚、私の意識は半分失われている。
「ああ……、ねえ、貴女以外の全てを、私が焼き尽くしてあげるから、」
耳許で掠れた囁きが漏れる。辺りには血の匂いが漂っていた。首筋にかかる息は隙間風のようで。か弱くも確かな狂気が滲んだ。
私の顔を覗き込んだ彼女と、不意に視線が絡む。刹那、私の身体は虚空に溶けていた。ほんの一瞬しか、彼女の瞳は見えなかった。
◇◇◇◇
偶像とした彼女に私は何を押し付け、何を求めているのだろうか。
どうか、望むままにだなんて言わないで。貴女の好きなようにして欲しいのに。
◇◇◇◇
急速に彼女の気配が遠ざかっていく。いつかと同じ喪失感が胸を埋め尽くす。
また、あの日が思い出された。学んではいけない何かを、私が身に付けてしまった日。
全ての始まりは、私の過ち。転嫁できるものではない。累積する全てを擲ったのは私だった。
断片的な記憶でも、失われないものがある。
「大丈夫、私が終わらせてあげるから」
私は彼女を見つめて、そう言ったのだった。
「何も知らなくていい。誰も見なくていい。そうすれば、貴女は幸せだから」
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