19.灰(25,36,58)

 もう何年続けているか分からない仕事の途中。俺は満月を尻目に、くるりと1回転してみた。ローブ越しに夜風に包まれ、しばし暑さを忘れられる。


 そうして、勢いを殺し音も無くあるビルの屋上に降り立った。あたりを見回すと、ぼんやりと屋上の縁に立つ彼が目についた。

 ……何をしているんだろうか。


 とりあえずこっそり近付いて、背中をつついてみる。ほんのちょっとした出来心だ。

 彼は一瞬肩を揺らし、ものすごく不満そうな顔で睨んできた。大方、突き落とす気か、なんて考えているんだろう。面白い。


「何してるんだよ」

「……見物」


 憮然とした後輩をあしらい、一緒に夜空へ飛び出した。振り返ると、仕事にもすっかり慣れた様子のすまし顔で俺の後を追ってくる。


 俺の行くところなら何処でも付いていく、そう答えた彼に、俺はどうも擽られるような気がして、曖昧に笑い誤魔化した。

 勿論嬉しいけど、どう反応していいのか、正直分からなかった。



 仕事を終え、朝焼けに照らされながら、静かに先輩の待つ拠点へと降り立つ。ノックもせずドアを開けると、既に先輩が玄関の近くまで来ているのが見える。

 先輩はいつも通り緩く微笑んで、俺たちを出迎えてくれた。


「おかえり、二人とも」


 今日も微かに薬品の香りがする。一体この人は何歳なんだろうか。20代後半か30代前半程度の外見だけど。敵わないほどの落ち着きを備えているように見える。かくいう俺も、自分の年齢なんか覚えちゃあいない。


「今日は、何をしていたんですか?」

「ん? いつもと同じだよ」


 何を今更、といった感じに先輩が少し目を見開く。管理職のような立場の先輩は、俺たちの仕事中一歩も外には出ないらしい。ただ、実務が無いわけでもないみたいで、夜通し何かの作業をしている。


 昔一度だけ、その様子を覗き見たことがある。いつになく虚ろな瞳で、粛々と作業をこなす先輩の姿に、俺は言いようもない畏怖と、寂しげな雰囲気を感じた。凡庸な俺には理解しきれない何かを感じた。

 きっと、永久にはぐらかされてしまう。


「そうですか、俺もいつも通りですよ」


 な、と振り返ると、不届きなことに後輩は後ろを向いていた。景色に見とれて話を聞いていなかったらしい。


「……話を聞けよ」


 横目で睨むと気まずそうに目を逸らす。どこまでもマイペースな後輩だった。


 そのまま、3人で下らない雑談を交わしつつ就寝の用意をした。いつも通りの、穏やかな日常。だというのに滲む、少しの焦燥感。


 何者にも成りきれない俺は、どう孤立すればいいんだろうか。

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