18.心配(22,44)

 もう彼が居なくなってから何日経っただろうか。私がつい開け放した窓から、ふらりと飛び出してしまったあの子を、私はずっと待っている。



 久々に晴れた空が、リビングの大きな窓から覗いている。今日は暇なので、かなり長い間私は白猫と戯れていた。


 この数日、寝ても覚めても思い返した。心臓がことある毎に痛んだ。毎日同じ場所を眺めても、景色は変わらない。自分でもどうかと思うほど、何度も何度も見つめた。同じことを繰り返した。同じものを見た。なのに、何も変わらない。

 今さら何を確かめているんだろう。きっと全て忘れているはずだ。脳内でさえ言葉にできないほど、他人に聞かれるはずのない状態でさえ意識したくないほど、汚い感情が渦巻いた気がした。

 私の心には何時しか諦めが滲み、手を伸ばす気力さえ消えつつあるけれど。常に離れてくれない幻影が視える。

 それでもやはり、どこかで事故に遭っていたり怪我をしたりしているよりは、私を嫌って戻ってこないという方がましだと思った。そう言い聞かせた。


 私の膝で丸まっている綺麗な白猫を撫でながら、私はただただ彼を思い出す。


「ね、貴女は、あの子と仲良く出来なかった?」


 虚ろな気持ちで、そっと呟く。そんなことを聞いたところで、汚いのは私だけと決まっているのに。


「……ごめんね、勿論貴女は悪くない」


 拭えない苦しさで窒息しそうだ。結局消し去れない余分なプライドが、全てを台無しにしていた。ふかふかの背中に顔を埋めて潤んだ瞳を誤魔化した。

 私はこうして甘えたいだけだったのかもしれない。きっと、二度と戻ってきてはくれないんだ。

 そう唱えながら、手元の猫をぎゅっと抱き締めた。彼女は鬱陶しそうに首を振り、にゃあ、と一声鳴いて膝から飛び降りた。そのまま部屋の隅へ駆け、キャットタワーの上で丸くなる。


「……酷いなあ、もう」


 恋しい黒猫を思いつつ、恨めしい気持ちで影を見上げた。素知らぬ顔で毛繕いをするくせ、ちらちらと私の様子を伺っている。


「……なんだ、彩嫌われてるのか」

「お兄ちゃん、失礼なこと言わないでよ……」


 いつの間にか、従兄弟のお兄ちゃんがリビングに入ってきていた。たしか20歳で大学2年のはずだ。少し離れた街で一人暮らしをしている。最近はバイトで忙しいらしい。


「だって逃げられてるし」

「く……否定できない」


 彼女は私にすっかり飽きたのか、ふいっと後ろを向いていた。

 はーっ、とため息を吐いて、私は窓際のキャットフードと水を取りかえる。彼がいつ戻っても良いように。

 どうかもう一度、あの鳴き声を聞くことができるように。

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