16.身分(19,20)

 携帯の着信音が再び鳴るのとほぼ同時に、インターホンが鳴った。外を覗けば、当然だけど連絡の主がいる。

 はあ、とため息を吐きながら、俺は鍵を開けて実子を迎え入れた。


「おじゃましまーす」

「……はいはい、どうぞ」


 容赦なく上がり込んでくる幼なじみに、俺はあからさまに顔をしかめてやった。もちろん実子は欠片も気にかけていない。……二十歳にもなってこの態度は何なんだ。以前からほとんど変わらない。

 何とはなしに、この前すれ違った知り合いを思い出した。野上は相変わらずよく分からないやつだった。


「ちょっと、先週片付けたばっかりなのに」


 案の定、キッチンに積み上げたゴミを見て、早速文句をつけられる。


「……朝は忙しいんだよ」

「言い訳しない」

「うるさいなあ……」

「生活費とかは? 問題なし?」

「あー……またバイトがクビになりそうで」

「はあ? もう何回目だっけ……」


 呆れた顔の幼なじみに罪悪感を感じつつ、ぼそりと付け足した。


「……今度はもう世話は焼かなくていいぞ、分かってるよな」

「何それ」


 釘を刺せば、むっとした顔で睨み付けられる。


「毎回さすがに申し訳ない」

「……珍しく殊勝だね」


 何故か不満そうな目を向けられた。……謝ったのに。意味がわからない。

 結局何も言わずに、手際よく夕飯の用意をしてくれる。世話になりっぱなしで頭が上がらない。



 帰り際、実子は玄関で足を止めた。柄にもなく、何か言いたそうにして目を泳がせている。


「どうした?」

「……10秒、待って」

「は?」


 何事かと呆けた途端、身体が密着した。突然しがみつかれて、軽くパニックになる。


「実子、な」

「うるさい」


 抗議を一蹴され、大人しく口をつぐんだ。そのまま無言で時が過ぎる。本当に10秒ほどで、実子はさっと身体を離した。


「昔からずっと腐れ縁で、今さら何なの」


 何のことだと戸惑い、さっきの話に思い当たる。


「だって俺は、」

「うるさいって言ってるでしょ……。黙って」


 ふいに、俺より少し背の高かった、あどけない女の子の顔が見えた気がした。今も変わらず勝ち気で、だけど誰よりも優しい人。

 すっと目を細めて、息がかかるほどに顔が近づく。頬に優しく手が添えられる。

 俺は腰が抜けて、いつしか床に崩れ落ちていた。


「懐人」


 囁くその瞳は、小さな頃からずっと傍に居て、一度も見たことの無い色をしていた。冷たい手が小さく震えていた。


「じゃあ、もし私が迷惑をかけたなら、」


 眼前で、ただ彼女は悲しく咲いた。


「もう負い目なんて感じずにいてくれる?」

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