15.色(18)

 貴女の背後の人影に、怯えている。

 消えない時間に固執している。

 そして、剥がせない奥底に妬いている。


 ◇◇◇◇


 ある夜、仁名は暗い空間で目を覚ました。温度も匂いも、何も無い。闇とすら形容できないほど、奇妙な場所に浮かんでいた。


「ほら、見てよ。すごいでしょう」


 目の前に突如現れた、美しい金髪の少女が華やかな笑みで振り返る。仁名は反射的に首を振った。


「そんなことないよ」

「何でそんな風なの」


 人形のような面が憤怒に染まった。


「だって、」

「もういいわ、貴女なんか」

「違う、私は、」


 ――何が違うの。


 遠い昔に沈めた記憶が辺りを過る。がたがたと震える身体を一人抱き締めた。忘れたつもりが、全て残っていく。


 見慣れぬ衣に身を包み、黒面へ呑まれた人形が炭化していった。腕を掴もうとしても届かない。

 ごっそり抜け落ちた髪が足下に散った。梳くほどに、さらさらと落ちていく。意に反して、その手は止まらない。延々髪を梳き、微かな質量を失っていく。

 囁きが耳から離れてくれない。


「ねえ、何の意味があるの」

「貴女が染めた」

「貴女が間違えた」

「偽善者なのに、冷たいのに」

「全部関係のせいにして」

「貴女が見限っているんでしょう」


 いつしか真っ黒な蝶が辺りを舞う。墨色の羽に覆われて、身に纏った白布に染みが浮かんだ。

 紅。藍。錆。黄。墨。桃。藤。鈍。橙。栗。鴇。

 べったりと重なり、混ざりあって様々に色付いた。


 場面が次々と変わっていく。

 機械に囲まれ地に墜ちた。

 埋まった惑星が燃え上がる。

 急速に薄まる酸素に喉が鳴った。

 意識が朦朧として、次の瞬間身が溶けた。

 誰かに手を引かれて知らない廊下を駆け抜けた。

 足を踏み外しても、彼は決して顧みない。身体が崩れ落ちても、彼は仁名に気付かない。古びた木の匂いに充ちて、目が回りそうだった。


「君が余計なことをするからいけないんだろう?」

「君が、そんなものを持つから悪いんだ」

「何も無いくせに」

「いつまでも呪ってやる」


 腐った床が抜け落ちて、木屑にまみれ奈落へ落ちる。鬱蒼とした世界が背を向けた。



 唐突に目が覚めた。静かな部屋が、曙の薄闇に照らされている。身体中に汗をかいて、手足は氷のようだった。心臓がうるさい。寝覚めは最悪だった。


「……二度と、繰り返さないのに」


 きっと、あの色たちは消えてくれない。上から幾度白く塗り潰しても、ずっと残り続けるだろう。

 夜毎残響を探す仁名は救われない。

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