12.冷炭(14,35,61,76,79)

 ずっとずっと、焦がれていた。己の持てる術をあるだけ使い込んだ。支給された薬の並ぶラックはもう大部分が空だった。机や床には、手当たり次第にぶちまけた薬剤が散乱している。

 そんな惨状に心が向かないほど、目の前に立つ人に、私の意識は完全に奪われていた。


 漸く手に入れた。やっと、追い付いた。私のものだ。抗えない歓喜と共に、得体の知れない恐怖が染み出す。確かに、この目に映っているというのに。

 頭痛で霞む意識、ふらつく足下でどうにか歩み寄った。途中、ローブの袖口が引っ掛かり、ガシャン、と音を立てフラスコが砕け散った。

 精密な器具を足で踏み、ガラスの粒が宙に舞う。犠牲になった蝶たちの羽を、躊躇わず踏みつける。鱗粉が肌に擦れて床が汚れる。


「……貴女だけは、二度と放さない」


 華奢な腕を掴んで、耳許に口を寄せる。震える声で囁いた瞬間、自分の胸にも氷が刺さる。


 どうして、貴女だけは。誰より厭う、嘆いている、そのくせ誰より蔑ろにして。最も否定しながら私は激しく破壊していく。

 分かっていた、この世に消えないものなど、無機物でさえ有り得ない。堅牢なボルツもジェードも、何かには侵されて。無論生物の全ては死んでいく。


「ああ……、ねえ、貴女以外の全てを、私が焼き尽くしてあげるから、」


 全てがどうでもいい。ぐしゃぐしゃな感情に翻弄されながら、やはりどこか冷静なまま。壊れて涙を流し、取り縋って掠れた戯れ言を吐く。

 何かの破片に切り裂かれ、足から血が流れていく。身体中のどこが痛いのか、心臓さえも刺すように痛んで分からなかった。

 まだ使い始めて日の浅い私の仕事場は、もう滅茶苦茶だった。きっと、明日にも上司に叱られてしまう。


 だけれど、特に私の気には留まらなかった。

 だって私はこのために力を手に入れたのだから。

 全てはこの日のために。貴女のために。


「どうか、」


 濁りのない虚ろな瞳を覗いた瞬間、影は消え失せる。彼女と見つめ合ったのはほんの刹那。また、間違えてしまった。

 支えを失った腕がだらりと垂れ、きつく拳を握りしめる。爪が酷く食い込んで皮膚が破れた。鋭いその感覚だけが私を現実に繋ぎ止めていた。


 冷酷で、愚鈍で、汚い私。全ての時間を捧げても、きっと私は閉ざしたままだ。

 当然、失敗は取り消せない。何も取り返せない。そして、二度と酔わないだろう。儚い蜃気楼に。愚かな自惚れに。


 永久に、あの日を呪ったまま墜ちていく。毎日同じ時間に、私はただ独り。

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