9.吐露(10)
「那奈、用意できた?」
後ろから聞こえた仁名の声にぱっと振り返る。仁名はもう教科書を抱えていた。次は音楽だから、色々と荷物が多い。
「そろそろ移動しよ」
「うん、ありがと」
私も急いで荷物をまとめて、二人で教室から歩き出した。階も棟も違う教室だから、少し急がないといけない。
仁名とは、もう5年ほど一緒にいる気がする。小学校のいつ頃からだろうか。名前が似ているのが今でもかなり嬉しい。
なのに、仲良くなってからは全然同じクラスになれなくて、最後の今年やっと一緒になったのが奇跡だと思った。
私は何気なく歩きながら、ふと憂えてくる。
もうすぐ中学生も終わってしまう。まだ高校の合格発表もされていないのに卒業だなんて、何とも中途半端なものだと思う。もうちょっと何とかして欲しい。
こんな宙ぶらりんな気持ちで、卒業の時、ちゃんと節目だと感じられるだろうか。
結局何事もないまま、意味が分かっているんだかよく分からない雰囲気で卒業式は終わっていった。感動しているのは大人ばかりで、当の私たちは不思議な高揚感だけを感じていた。卒業の実感なんてなかなか湧かなかった。
卒業式が終わって騒がしい学校の隅で、私たちは迎えの車を待っていた。駐車場が無いせいでこういう待ち時間がしょっちゅう発生する。
並んで本を立ち読みしたり、ぼんやり話したり。いつもと変わらず私たちは時間を潰した。
本に集中していると、突然仁名に肩をつつかれて目を上げる。
あまり見ない、少し真剣な表情に私はどきりとした。
「今までありがとう、那奈」
「どうしたの?」
「もう毎日会えないから」
私と仁名は、志望校が全部違っていた。どこに合格したって一緒になることはない。
今更のような事実が脳裏を掠めた。
「……あ、」
何かが頭に浮かんで、それに気付く前に喉につかえた。言葉が根こそぎ消えてしまった。
私はただ絶句してしまった。
仁名の顔が、知らない大人に見えた気がした。
全部話せたはずなのに、何も言えなくなってしまった。困らせるわけにはいかなかった。
私はそのとき、もう駄目なんだと悟った。子供であることはまだ当分許してもらえるけど、無邪気にいられるほど幼くもない。無心で隣に居られる日々は終わってしまったんだ。
置いてきぼりを食らったような気持ちで、私は早咲きの桜を眺めていた。
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