7.資格(8,11)

 夜風が吹き荒ぶ中、廃ビルの屋上で欄干に足を掛ける。縁から落ちそうになるぎりぎりのところで夜景を眺めていると、背中を突然つつかれた。

 一瞬ぎくりとしながら、すぐに目星がついてむっとする。全く、墜落させる気だろうか。

 憮然として振り返ると、犯人は欠片も悪びれず、寧ろ非難するような顔つきだった。


「何してるんだよ」

「……見物」


 やれやれ、といった風な苦笑が返ってくる。

 僕を幾つだと思っているんだ。


「ほら、行くぞ」


 空に浮かぶ満月を背に、兄さんは囁いた。僕はまだ少し不機嫌に、無言で頷く。

 そして、漆黒のローブに身を包み、二人して空を蹴った。そのまま真っ逆さまに落下して、強烈な重力を浴びつつ急上昇。眼下には摩天楼の絶景。


 こうして夜ごと街を飛び回り、兄さんと二人、もしくは他の同輩や先輩たちと仕事をこなす。

 昔からは想像も出来ない世界。ふとした瞬間、全てを失いそうで怖くなった。



 まだそれほど日も経たないある日、埃まみれの路地裏でひっそり生きた日々は、突如終わりを告げた。僕はよく分からない集団に招かれ、そうして今に至る。

 兄さんに拾われたあの日を、僕ははっきりと覚えている。勿論いつまでも忘れない。



「明日はどこを見回ろうか」

「さあ……僕は兄さんの行く場所ならどこでも」


 まだ明かりの灯された病院の上を飛びながら、おざなりに答えた。


「はは、まあどうせ上の命令通りだろうけどな」


 僕の返事を聞き、擽ったそうに笑ってそっと肩に手を置いてくれる。


 闇夜の蝙蝠に、陽の光は似合わない。

 耳元で羽虫が、ブン、と一瞬騒ぎ立てた。夏の夜はこいつが鬱陶しい。


 そのまま僕たちは、住宅街や大学、繁華街などを一晩中巡り続けた。



 夜空に浮かび一人ぼんやりしていると、どうにも色々と思い返す。

 兄と慕うあの人に相応しくあれるように。

 あの月の隣に気兼ねせず並べるように。

 言葉にしたなら、きっと下らないと笑われてしまうけれど。そんなことを気にするなと、全て肯定されるのだけど。

 口には出来ないまま、口にしないからこそ払拭できない感覚。いつまで僕はこんなものに拘るのだか。


 馬鹿馬鹿しくも、やはり消えない。ただ、だとしても、と続きを思う。


 だとしても、消える恐怖と引き換えに、夢を抱いていられるなら。

 僕はどんな痛みでも悪くないと、そう思えてしまう。



 そしていつか、あと少しだけ自由になれたなら。

 もう少し貴方と長く居られるように。

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