6.乖離(7,34)
沸々と湧く言葉を、仁名はノートに書き記した。あの日も、あの時も、違った感覚が渦巻いて分からなくなった。どれが真実か理解出来なかった。
紡いでいるのは勿論仁名のはずだった。けれど、何かを誤魔化している気がする。誰かが後ろから囁いているような。
それでも、書くことしか出来なくなっていた。
知らぬ間に仁名は眠りに落ちた。意識があるのか無いのか、余り分からなくなる。
夢現に、仁名はニーナと邂逅した。美しく理想的な彼女は、ゆるりと揺蕩っていた。煌びやかで幻想的な、舞姫のようだった。
二人は無言で見詰めあう。これ以上なく、何も要らないほど、二人は通じあっていた。
水中のようで、霧中のようで、不可思議な空間の中、静かに重なり、思想を混ぜ合わせる。
邪魔をするものは何一つとして無かった。
そんな満ち足りた静寂を破り、突如ニーナから無表情に別れが告げられた。
「……もう私は居てはいけない」
これ以上は駄目だと感じていた。混ざり過ぎ、戻れない。ニーナは害悪でしかないと判断した。
対する仁名は受け入れられない。焦りと不安でただ追い縋った。ニーナのいない人生など、もう考えられない。
「貴女がいないと、私は……」
何も言えない。言いたくない。
何も、言わせないでほしい。
それでもニーナは黙って見詰めている。
ニーナは『彼女』の代わりに語る。深淵に潜む『彼女』の代わりに。決して姿を見せない『彼女』の代わりに。どうしても紡げない『彼女』の代わりに。
仁名は『彼女』の言葉を借りる。直接の一言を言えないから。たった一言に変換することができないから。『彼女』が飾った言葉を借りる。
もうどこからが『彼女』で、どこまでが『彼女』なのか。融け合う二人には分からない。溢れ出す全てが紛い物のようで。
『彼女』の創造か、『彼女』の想像か、それとも真実か。
美しき理想は少しずつ薄くなる。解り合う二人の距離は浅く、遠くなっていく。
お願いだから、と歪む仁名は報われない。醜く取り憑いても変われない。
きつく結んだ手がほどける。別れは確実だった。
水中は霧となり、いつしか星になる。彗星が墜ち、徐々に闇と変わりゆく。星屑は正に塵のよう。
ニーナの口が、消える瞬間微かに動いた。
「あいしてる」
ニーナは確かにそう言った。
何より残酷な愛の告白に、仁名は何も答えることが出来なかった。
一人目を覚ました仁名の前には、白紙のノートが広がっていた。誰より愛した人は、もうどこにも居なかった。
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