4.秘密(4,6)

 バイトに明け暮れながら、どうにか課題をこなす日々。大学生も2年目となると、なんだかんだ考える余裕が出てくる。一人暮らしにも随分慣れて、生活が安定してきたせいだろう。

 俺はサークルやら部活やらには所属していないから、さっき言ったように専らバイトに精を出している。ファミレスと、事務と、あとはコンビニ。ありきたりながら結構疲れる。地味な仕事も馬鹿にしちゃあいけないな。


「野上、それが終わったら今日はあがっていいぞ」

「分かりましたー、ありがとうございます」


 先輩の声に応え、軽く会釈をした。暫くして、俺はロッカーで着替えさっさと店を出る。明日はファミレスのはずだった。



 ある日、構内で久々に元同級生を見かけた。この学校に進学した人数は少なかったはずだから珍しい。


「お、久しぶり」

「……ああ、久しぶり」


 ふっと目が合ってしまった瞬間硬直した。無意識に視界から外れようとしていた。



 部屋で携帯を弄りながらふと考える。

 近頃はネットで誰もが文章を書ける。無論その分文法、それどころか漢字や言葉の意味もなってない読みにくい文章が溢れかえったのは事実だけど、今まで誰にも明かされなかったはずの秘密や悩みが、大量に晒され始めた。

 そりゃあ啓蒙は大事だし、その感覚は素晴らしいんだろうけど。俺にとっては恐ろしくて堪らない。

 深淵がすぐ隣にあること。何も見せず引き摺り込まない強さ、優しさ。なのに、世界には確かに闇が溢れていて、時折知人らしき者を見るたびぞっとする。


『最近どう?』


 唐突に、通知に目が行く。いつの間にか元同級生から連絡が来ていた。


『バイトばっかりだな』


 さらりと返信すると意外にもすぐに返ってきた。


『相変わらずだ笑』

『何がだよ笑』


 当たり障りのない会話をし、なし崩し的に終了する。嫌いじゃないけど、積極性も感じない。深い話なんかしやしない。


 そういや、知人は結構褒めてくれる。俺なんかの何が、とやっぱり思うけれど。

 何だか完成された人間ほど、何かを抱えているようで。それの欠片も現されないことが、表されないことが、当たり前なのに恐ろしい。

 結局いつもほんの表層さえ晒せなかった。感情の一端さえも塗り潰して。嘘でなくとも真実でもない、空虚で寂しい戯れ言。



 静かに迎えた、二十歳の誕生日。

 母さんからの祝福の言葉に返信して、俺はビールの缶を手に取った。窓を全開にし、吹き込む夜風を吸いながら一口含む。

 初めてのビールは、苦くもどこかあっさりした後味で。何となく物悲しくなって、一気に残りを飲み干した。


 当たり前を受け入れられない、何も考えず溶けられない俺は、紛れもなく愚かで、きっと狂っている。

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