2.柵(2)

 今日も僕は、1人静かに外を眺めていた。部屋が結構高層にあるおかげで、随分見晴らしがよくて退屈しない。入院の度にこの部屋に当たるのは、もしや誰かの気遣いだろうか。

 昨日は家族が見舞いに来てくれたけど、だからこそ当分は暇になってしまった。ちょっと体調を崩しただけなので何ヵ月も入院するわけでもなく、余り多くの私物は持ち込めない。その結果、暇つぶし道具が圧倒的に不足してしまう。ただでさえ色々不自由だというのに、この状態じゃあ尚更窮屈に感じる。

 ここに居れば余り縛られることはないにしろ、裏を返せば自分の体調に縛られるわけだ。全く、どこに行ったって逃げ場のないものだなあ、と今更ながらぼやいてみる。全部嫌いではないし、寧ろ大切だと理解はしているのに。……いや、理解できても感じられていないならそういうことなんだろう。

 ぐだぐだと考え事をして暇を持て余すと、眠気が襲ってきた。まだ昼前だというのに。確かこの間もこれくらいの時間に昼寝をしてしまったような。

 あーあ、また1日が睡眠に消えていく……。

 そんな感じに、僕は意識を手放した。



 ふと目が覚めると、16時を過ぎていた。そのままむにゃむにゃと寝返りをうつ。ぐっと背中を伸ばしてみると、やたらとしなやかな気がした。くあー……っ……と欠伸をして、もう一度伸びをする。何やら身体が軽い。……え、何でだろう。僕ってこんなに健康体だっただろうか。

 ただ無性に、外に出て行きたくなった。そして、僕は深く考えないまま、するりと窓から抜け出した。



 ずっとずっと、こうやって彷徨してみたかった。夢のような解放感。いつもより自由な身体で、僕はいつもより前向きに皆を観察した。何故だか首には革のベルトが締められているけれど、それでも僕は楽しかった。本当ならベッドで1人蹲っているはずの時間。こんなにも自由に動き回れることが心から幸せだ。



 夜になっても僕はまだ帰らなかった。今くらい、好き勝手していたい。門限なんて糞くらえだ。冷たい夜風は思ったより辛くない。月明かりに照らされる町は、部屋の窓から眺めているのよりずっと魅力的で、全然違って見える。温かくて冷えた布団も、言葉も、僕にはそんなもの要らないんだ。自分だけが窮屈だなんて、そんなふうに悲劇の主人公ぶるつもりも無いけれど。

 ふらふらと闇に紛れ、僕の意識は段々と薄れていった。



 目を覚ますと身体が鉛みたいに重かった。欠伸を噛み殺しながらどうにか起き上がる。さっきまでの身軽さが嘘のようだった。……全部夢だったのかな。

 ベッド脇には、『淡海』としっかり名字が記されている。確かに僕の病室だ。

 どうにもならないまま、結局僕は元に戻った。一時の自由は僕をどうしようもない現実へ引き戻した。身体に囚われ、この部屋に囚われる。

 哀しさに包まれながら、ぼんやりと僕は外を見渡した。いつもと変わらない風景に、野良猫が横切っただけだった。

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