彼女が欲しい 文系女子がいい

上山流季

彼女が欲しい 文系女子がいい

 

 突然だが、俺は同じクラスの咲崎さきざきさんのことが好きだ。

 長い黒髪ストレートに黒縁眼鏡の知的な雰囲気、リボン付きのセーラー服と長めの丈のスカート、常に携帯する文庫本。

 まさに理想の文系女子。俺はこういう女の子と、こうして図書室で二人きりになる今という機会を待っていた!


 放課後、ホームルームが終わってすぐ、咲崎さんはいつも図書室へと赴く。

 我が私立ナニガシ高等学校の誇る図書室というのは、ちょっとした迷路のように本棚が乱立し少々入り組んだ作りになっている。

 というのも、学園長一族が無類の『蔵書収集家』であるらしく、長年の増改築や別館の乱立によって、もはや本の森のようになっているのだ。

 結果的に、本校には運動部員より文化部員の方が圧倒的に数が多い。なにしろ設備の充実度が違う。

 そして俺はそれを承知で――というより狙って受験した。文系女子は良い文明だ。文系女子の集まるこの高校は、すなわち、俺にとって最高のステージ!


 話を戻そう。

 つまり、そんな迷路のような図書の森。その中で俺と彼女は偶然(を装って)二人だけになってしまったのだ。これはもう告るしかない。


 ここに至るまでには多数の苦労があった。まず、この森の道順を覚える必要が。次に、彼女が好むジャンル――彼女はミステリー系を好むようだ――の植生地を覚える必要が。最後に、ミステリー小説の林に彼女以外の人間がいない時間帯を把握する必要があった! これが一番難しかった……。

 というわけで今日、この奇跡の瞬間に至るまで、俺は一年と三ヵ月を要した。……必ずや、成功させたい……!


 咲崎さんはひとりきりで、ミステリーの棚を上から下までじっくりと検分している。俺はそこに、颯爽と、あくまで自然に声をかけた。


「さ、咲崎さんじゃあないかあ! 偶然だねえ!」


 しまった、ちょっと声が裏返った。

 咲崎さんは俺の声に、本棚から視線を外した。そして、その小さな手で眼鏡の位置を少しだけ直した。


「同じクラスの藤堂とうどうくん、偶然だね」


 彼女の声は抑揚に乏しく、表情も淡泊だ。

 非常にイイ……クール系文系女子……可愛い……もうしゅき……。


「藤堂くんも、ミステリー小説に興味あるの?」


 咲崎さんは小首を傾げながら俺を見ている。

 愛らしい。俺はミステリーにはあんま興味ないけど、君には興味深々だよ!


「うん、えっと……あまり読んだことのないジャンルだから、たまには、と思って」


「私でよければ、本、探すの手伝うよ。普段読んでいる本の傾向、気になっている本の傾向、普段読んでいる作家、気になっている作家、希望する読み味、希望するページ数……いろいろ教えて欲しいな」


 うひょほお! 咲崎さんが俺に『いろいろ教えて欲しい』だって! みんな聞いた!? いや、ここにいるのは俺たち二人だけなんだけども!


「や、優しいんだね、咲崎さん! えっと、そうだな、……咲崎さんが読み終わった本の中で、一番面白かった本は? 咲崎さんのオススメを読んでみたいな~、なんて……」


「……………………」


 咲崎さんは、黙った。

 押し黙った。

 そのまま三十秒くらい微動だにしなかった。


「あ、あれ……?」


 なんかミスった?


「……そのリクエストは、ちょっと難しいわ」


 咲崎さんは、もう一度眼鏡の位置を直した。


「面白かった本は多数あるけれどその中から『一番』を決めることは困難を極めるでしょう。少なくとも一週間は待って欲しい。読み直して、いくつかの項目にわけて点数化したのちレビューとして候補作をいくつか藤堂くんに選んでもらう形になるかな。けれど、私の好みと藤堂くんの好みが似た傾向にあるかどうか私にはまだ判断がつかない。つまり『面白い』と感じる基準のものさしがまったくズレている可能性があるってことなの。……そもそも、ミステリーは初心者なんでしょ? ジャンル自体が合わない可能性だってある。そんなリスクを背負った状態で、私が私の思う一番面白いミステリー小説をレビューしても、あなたに最高の読書体験をプレゼントしてあげられるか、……自信がない」


「………………」


 なんかよくわかんないけどもしかして地雷を踏んだかな~?


「でも、せっかく藤堂くんがミステリーに興味を持ってくれてるから……どうしても、力になりたい」


 咲崎さんは深呼吸したあと、言った。


「サキネーターを起動します」


 ん?


「藤堂くん、私の質問に『はい』『いいえ』『どちらでもない』のどれかで答えて。藤堂くんにピッタリの一冊、私が見つけてあげる。まず……『ミステリーなのでやっぱり人が死んで欲しい』ですか?」


 どっかの魔人みたいなこと言いだした。


「えっと……『はい』……?」


「では次に『ミステリーといえばやっぱり探偵の助手視点で読みたい』?」


「………………」


 え? これ……告白するタイミングなくない?


 時間的に、そろそろ別の生徒が来てしまいそうな予感がする。マズい、強引にでも話の流れを……変える!


「さ、咲崎さん! ありがとう! なんていうか……感激した! うん! 感激! 俺のためにここまで心を砕いてくれる君に……惹かれる! とても!」


「?」


 サキネーター改め咲崎さんは、俺が質問に答えないからか、不思議そうな表情だ。

 構わず続ける。


「えっと……もし、咲崎さんさえよければ、もっと、咲崎さんの好きな本について教えて欲しい! ……咲崎さん自身のことも! こ、この図書の森じゃなくて、カフェで読書談義したり、小説原作の映画を観に行ったり、したい!」


「……」


「咲崎さん、お、俺は、君のことが好きです! 付き合ってください!」


 俺は勢いよく頭を下げながら右手を前に突き出した。


 ……顔が熱い。怖くて咲崎さんの顔を見られない。心臓が口から出てしまいそうで、手を差し出してはいるもののきっと汗でベタベタだ!


 だってもう強引に告白するしかなくない!? サキネーターってなに!? 予想外すぎない!? 咲崎さんが予想外のことしてきたってことは、俺だってちょっとくらい予想外の告白してもよくない!? むしろバランスが良くない~~~!?


 咲崎さんは、少しうろたえたような空気を漂わせている。

 そうして――


「……少し、時間が欲しい」


 と言うと、俺に背を向け、どこかへ歩き去った。


「………………」


 マジかよ。


 俺は顔を上げた。もちろん、咲崎さんは目の前にはいなかった。


 ……完全に、やらかした。


「……泣きそう……」


 俺はしばらく、その場につっ立ったまま上を向いていた。涙が、零れないように……。


「藤堂くん」


「うおッ!?」


 突如聞こえた咲崎さんの声に、俺は滅茶苦茶ビビって腰を抜かしそうになった。

 どうやら、一旦俺の目の前から去ったあと、すぐUターンして戻って来たようだった。何か、言い忘れたことでもあるのだろうか? それとも、やっぱり『ないわ~』と言いに!? 来たんですか!? 泣きますけどォ!?


「さっきの告白の答えだけど」


 ほらァやっぱりィ!


「答えは『イエス』にする。恋人として、君とお付き合いするよ、藤堂くん」


「……?」


 ?????

 !!!!?!?!?!!!!


「マジですか?」


「マジです」


 咲崎さんは、淡泊な表情のまま頷いた。


「……!」


 大声で勝利の雄叫びを上げようとした俺にすぐ「図書室だよ」と釘を刺す咲崎さん。咄嗟に、声を出さずに口だけ開けながら手を上げたり下げたりするだけに留めた。そう、万歳である。


「で、サキネーターの結果なんだけど」


「あっハイ」


 まだ続いてたのか。


 咲崎さん、クール系に見えて本当はもっとずっと天然なのかもしれない。


「結局、私に声をかけてきた君には『ミステリー小説』への興味は実はあまりない、というのが予測結果なんだけど」


 サ、と頭から血の気が引いた。


「だから、この際君の好みの調査はやめて、『私が君に読んで欲しいミステリー小説』をオススメすることにしたの。さっき時間が欲しいと言ったのは、その本を探すための時間」


 咲崎さんは、俺に一冊の文庫本を手渡してきた。


「あ、ありがたく、拝読いたします……」


 恐縮しつつ、その文庫本を両手で受け取る。

 すぐ、咲崎さんは次のセリフを投げかけてきた。


「次の土曜は空いてる?」


「えっ?」


「カフェで、その本の感想会をしようよ。だから、土曜までに読んでおいて」


 彼女は、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。


「したかったんだよね? 私と、デート」


「……!」


 小悪魔系文系女子! イイ……っ! 新境地……っ!


「それじゃあ、今日はもう帰るね。また明日、藤堂くん」


「ま、待って! 咲崎さん!」


 俺は彼女を呼び止めた。


「ちなみに……この本のあらすじとか、聞いていい……?」


 あまりにも『本』に興味がないと思われているのも、なんだか嫌だ。だから、俺は手に渡された文庫本について咲崎さんに質問した。


「ああ、その本は……」


 咲崎さんは、振り向きざまにこう答えた。


「……高校が舞台の、日常系ミステリー。実は、人が死ぬばかりがミステリーってわけでもないの。シリーズを重ねるごとに少しずつ進展する、主人公とヒロインの『恋模様』も、その本の見どころのひとつ」


「こい、もよう……」


 それって


「……ハッピーエンド?」


 先崎さんは、くすりと笑って言った。


「それは『ネタバレ』になるから、内緒」


 こうして俺は無事、理想の文系女子・咲崎さんを彼女にすることに成功した。

 ただひとつ『読み違い』があるとすれば……彼女が薦めてきたのはまだ完結していない、現在進行形で新刊の出続けている人気シリーズだったということだ。


 咲崎さんいわく、ハッピーエンドを一緒に確かめたいのでそれまでは彼氏でいてほしいとのこと。


 なんていうか……結婚しよ?

 付き合い始め数日にして、俺はプロポーズの言葉を考え始めた。

 

 

 

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