EPISODE15 炸裂のフェニックス
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ⁉」
苺の中で何かが弾け、灼熱と激しい痛苦の嵐が巻き起こった。
頭蓋に迸る激痛は幾千本の針によってめった刺しに遭った時と等しい。喉奥から込み上げて来る悲鳴と血塊は、喉を焼き殺すに十分な程で。
視界が常の瞬きよりも速く赤く点滅し、平衡感覚を失って倒れ伏せ、鋭痛と鈍痛の連撃に晒されながら意識を失っていく。
その凄惨な様を目にした華芽梨は、背中を限界まで逸らし、両手を広々と広げて天を仰ぎ、快哉を叫んだ。
「きゃはっ! きゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ! 非常に! 愉快ッ! そしてそしてぇ~!? この光景を目の当たりにしておきながら何も出来ない無力さを思い知ったお姫様はどう動くのかなぁっ!?」
悪辣に歪んだ笑顔が、逆さに色舞へ向けられる。
その時既に、色舞の怒りは臨界点を超えていた。
彼女は己の中で、小さな灯火が肥大化して燃え盛っていく感覚を覚えていた。
やがてその感覚は、氷結の呪縛を焼き払って具現化される。
「きゃはっ。お目覚めの時かなぁん……?」
華芽梨の顔が狂笑に彩られた時。
バキバキッ、と。
色舞を封じていた氷塊が悲鳴を上げ、表面に亀裂が走っていく。その現象に対し、華芽梨が目を見開くと同時。
怒りという名の業火に支配された剣姫が、凍てつく世界から解き放たれた。
「——華芽梨ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」
轟々と迸る熱波が辺り一帯を焼き尽くし、進化の産声を上げた紅蓮の双剣はさらなる業火を滾らせる。
「きゃはぁ~ん。享楽のための努力が裏目にでちゃったかなぁ? ま、でもそんだけ狂ってくれなきゃぁ、愉しみ甲斐が無いってものよねぇ!」
華芽梨は体勢を元に戻し、向き直って薄い笑みと共に氷剣を構える。
それに対し、色舞は両頬に朱色の亀裂が走っていることに構うことなく、勢いのまま、華芽梨の頭上に一対の炎翼を振りかざした。
直後。
「『炎閃』」
交差して放たれた炎の剣戟が華芽梨の『ニブルヘイム』と強く交錯し、そのまま光の如く周囲へ炸裂していった。
華芽梨は「きゃははっ!」と愉快に笑いながら氷剣を押し返し、虚空で無数の氷粒の弾丸を形成し、それらを色舞に放つ。
「『炎輪』——!」
その名の通り、灼熱の輪が描かれ、氷の弾丸は直撃する前に溶けて消滅する。
だがその反動で噴煙が舞ったと同時、眼前から華芽梨は姿を消していた。
上空。それも目で追った瞬間、氷の雨に穿たれる——色舞の研ぎ澄まされた感覚は、その数秒後未来までを反射的に予見した。ならば、自分の身を守るより早くやるべきことがある。
「苺さん……!」
右手に構える片方の剣で淡い炎を生み、鮮血が濁流のように流れている左腕の切断面にかざす。
『炎癒』。何よりも優しく温かな救済の炎。濁った色の血管と骨が奇麗な斬撃痕を晒す中、炎はそれを淡く抱擁して生命の氾濫を食い止めた。
そしてもう片方の剣は、如何なるものも焼き尽くす獰猛な業炎を生み、鳥の形を模して夜空と共に浮かぶ華芽梨を睥睨する。
彼女はそれを、ただただ見下ろしていた。
無表情で。無感動に。心の裡を這いずり回る得体の知れない感情から目を背けられずに、自分が知り得る言葉の中で最もそれに適する解を見つけ出す。
「気に喰わない……」
ポツリと呟かれたその言葉が、今の華芽梨の心境を述べるに相応しいものだった。
「気に喰わないッッ!!」
救いの切っ先を苺に向け、憎悪の切っ先を自分に向ける色舞の態度が、考えが、決意が。
「気に喰わないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!」
駄々をこねる子供のようにして、圧倒的な矛盾を孕む叫びを、無慈悲に自分を見下ろしている星空に向かって叫んだ。
その膨大な思念が氷柱の雨という形で具象化し、色舞と苺に襲い掛かる。
大気を凍てつかせる音と、大地を削り取る轟音が耳朶を劈く中で、色舞は詠唱を叫んだ。
「『炎擁』ッ‼」
双剣を切っ先から現れた巨大な炎の両腕が二人を抱擁して守る。その絶対的守護の前に、弾丸の如く降り注ぐ氷の雨はことごとく防がれては砕け散っていった。
「——でもでもぉ……それはあくまで地面から上に対して限定の技の筈ッ!」
不意に。
「——ッ!」
炎の抱擁以上の範囲を持つ氷の巨大な棘が、地面から突き出していた。
色舞は咄嗟に抱擁を解除し、『フェニックス』を自律的に飛行させ、自分は体内を荒れ狂う魔気を炎翼に具現させると、苺を抱きかかえたまま横一閃に飛んで回避する。
「あらあらまあまあ、お姫様がお姫様抱っこだなんて、なんともまあギャップがビンビンに効いているようで」
エコーがかかったマイクで話すかのように響き渡る声。その違和感への疑問と共に周りを見渡してみれば、今度は無数の氷粒が『静止』している様を目にする。月明かりを爛々と反射させている煌びやかな小球体の数々が、声を反響させ合っていたのだろう。
何にせよ、不安要素であることに変わりはない。
「『炎躍』‼」
色舞は自律的に飛行している双剣に、魔気を介して『意図的な命令』と共に詠唱を
発し、術式を発動させた。
それに従った二本の剣は、炎を豪快に散らしていくと共に高速で回転し、手裏剣の要領で大量の氷粒を破壊していきながら華芽梨へと迫る。
「ここでクーイズ~! 氷のお粒ちゃん達を凍結させた理由は一体何でしょうかぁ~!」
彼女は弾む声でそう言いながらも、的確に双剣を凍結させて身を守る。
その顛末を認めた色舞は、炎翼をはためかせてさらに加速しつつ、敢えてクイズの問いに答える。
「演出の皮を被った射撃大会でも起こすつもりだったのかしら」
『氷上のプリンセス』は、その名に相応しく、空気中の窒素を凍らせて生じさせた道の上を華麗に滑って追従しながら、人差し指を立てて横に振った。
「ノンノンっ。確かに凍結中にこれでもかってぐらいに衝撃を加えたら、あのお粒ちゃん達はさっきの雨より何倍も速くあんたを貫いてたけど……実際はぁ~」
その瞬間、薄氷を砕くような音が間近で聞こえた。色舞は咄嗟に真下を見た。
「きゃはははっ! 今さっきみたいに地面から出したりはしないよぉ~。色舞ちゃんってほんっとうに分かり易いよねぇ」
簡単に引っ掛かってしまったことに、色舞はさほど苛立ちを覚えてはいなかった。それよりも、今、果たして華芽梨が何をしようとしているのかを読み取らなければ、苺を危険に晒してしまうことになる。
そんなことは、色舞自身が一番赦さない。自分の友達と、憧れと言ってくれた彼女に、これ以上傷ついて欲しくないから。
だがそれ以上に、粋羨寺家の血を引く『紅蓮の剣姫』としての責務が、色舞を無意識の内に、彼女が苺に向けている友情以上の意味と意義を見出していた。
「——とまあ、戯れはこのぐらいにしてこうかなぁ」
温度が変わった。この感覚、先程のように、やはり違和が生じた原因は気温。
そして色舞は直感した。つい今しがた、華芽梨が氷粒を静止させ、それより前にも、氷の巨大な棘を地面から出現させて攻撃した意味を。
「いつどこからでも……真空でも無い限りは無数の攻撃手段があると。そう、言いたいのですわね?」
「真意から少しずれるけど、まあ当たりってことにしことうかなぁ~」
不敵に笑む華芽梨。その相好が、色舞の神経に嫌な手触りを感じさせた。まるで大事な何かを見落としているような、そんな感覚。
そして、一瞬でもそれに気を取られている隙。華芽梨はそのタイミングを見逃さなかった。
色舞の眼前に、頭上に、左右に。
再び薄氷が砕け散るような音が現れた。だが今度は強固な壁という形を帯びていて。
「——『フェニックス』ッ‼」
この瞬間を好機として捉えた色舞もまた、相手と同じく打っていた布石を発動する。
華芽梨が空中で凍結させていた双剣。『魔気の干渉を受け次第、その根源である術士に「適切」な対処をせよ』。
これが、魔気を介して放った命令の旨である。
そして、
その為に、氷塊による呪縛を爆炎で吹き飛ばし、それぞれの切っ先は業火の渦を以てして華芽梨を背後から穿たんと迫る。
同時に、色舞は背中から放出している炎翼を振るって四方向からの壁による攻撃を防ぐ。
「そしてこの展開、あたしの天才的第六感が既に予期していたりぃ?」
ここで、色舞の脳内を走馬灯のように、緩やかに、鮮明に流れる映像があった。
薄氷が砕け散るような音。その根源がどこにあるのか。
一度目のそれを悟られないように、華芽梨は壁を形成しての攻撃を行った。そしてそれは、彼女が今も行っている氷上を滑走するという行為や、氷雨を降らせた直後の地中からの刺突から氷粒の静止という一連の流れを成した直接の理由とも起因すること。
色舞と華芽梨は、互いに見透かされないようにしながら、魔気を介して剣術を一時的にではなく『二次的』——単一的な剣術を意図的に展開して操るという高度な攻防を繰り広げていた。
その応酬、並みの術士ならまず不可能である。
天より授かった才に加え、魔剣を生きるための手段としてではなく、『現身』として接することが出来る程の鍛錬と場数を重ねてようやくたどり着ける境地。
だが、結論から言えば。
「……炎——」
同じ土俵に立つ者として、色舞はこの攻防に敗北していた。
その理由は、色舞の腹部を貫いている氷柱が、そして何より、その攻撃の源が『苺の左腕の切断面』であることが如実に物語っていた。
布石は既に、華芽梨が狂気に身を委ねて苺の左腕を斬り飛ばした時から打たれていたのだ。
また、苺を大切に思っている色舞が怒り狂い、咄嗟に『炎擁』で傷を塞いで『仕込み』に気付かないだろうという予想も、見事に的中していた。
「きゃはっ!」
双剣による襲撃も、氷柱による反撃によって無意味と化した。
ブラフに続くブラフ。狂気に染まった中でも繊細さと冷静さを事欠かなかった強靭な精神力と鋭い洞察眼。
——緋心華芽梨。
これが、名門・城斬学院のエースにして『氷上のプリンセス』と謳われた、一流の魔剣術士の実力である。
(敵ながら、あっぱれでございますわ……。これがワケ無しの真っ向勝負でしたら、敗北を光栄だと思える程に。……でも、これはそんな崇高なる打ち合いではない)
憎しみが憎しみを誘発して切っ先を汚すのなら。そこに意義も意味も無く、ただ負感情のみが先走った結果が招いた悲劇なのだとしたら。
きっと、斬るべき相手は彼女では無く、その根源で渦を巻く負感情の嵐なのではなかろうか。
「大丈夫だよぉ……まだ殺したりはしない……もっと、目一杯楽しんでから、そこらのパーティなんかよりも派手に遊び散らかしてから、ゆっくりと、じわじわと凍らせて、永劫の時を氷のショーケースの中で過ごしてもらうんだから……」
昏く爛々と光る碧色の双眸。そこで像を結ぶのは、氷の刃に身を穿たれたまま、苺を抱えて炎翼でゆらゆらと飛び回る色舞。
満足だ。実に愉快だ。この光景を瞳に映しているだけで、十分な程の多幸感に満たされている感覚がある。
この手で初めて、粋羨寺色舞という少女をここまで追い詰めることが出来た。それが何よりも誇らしく、胸の高鳴りは激しく轟いて消えない。まるで、彼女と初めて剣を交えた時の高揚感がそのまま蘇ったような。
「そうだよ……これであんたをあたしのものにして支配すれば、もう勝利は確定なんだから……真っ向から勝負して、勝って……間違いじゃない。間違っていない筈なのに……」
だとしたら、頬を伝うこの生暖かな雫は何なのだろうか。
自分の気持ちに嘘をつかず、己が成せる最善の方法で彼女を倒したのだ。
それなのに、今、目の前で滂沱の血を流しながら羽に傷を負った鳥のように頼りなく、ゆらゆらと友達を抱えながら中空を揺蕩っている彼女を見て。
「なんで……どうして……っ」
どうしてこんなにも、胸底を掻き回されるような、どうしようもなく悲しい感情に襲われているのだろう。
何のために悪魔に魂を売ったのか。何のために剣を振るい、ここまでしたのか。その意味が、華芽梨の中で揺らいでいる。心が、感情が揺さぶられている。
そしてそれは。
「————」
——ごめん、なさい。
色舞の唇が、微かにそう動いて、そう言った気がした。
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