EPISODE4  龍魔術師と錬金術師

 後にこの状況を客観的に観る者が居たならば、ホッと胸を撫でおろすだろう。何故ならば、『スキップアウト』が突き進んだ先は、全て森の中だったからだ。


 蓮暁女学園は隣の山岳地帯と隣接しているため、校舎の裏にある校庭を東に直進すれば、その先は広大な山岳地帯にまっしぐらなのだ。


 そして、そんな山の中に鬱蒼と乱立している木々は、学園から一閃した『スキップアウト』によって薙ぎ倒されるよりも速く焼かれ、灰となって消失していった。


 白光が鋭く描いた軌跡は、まるで工事直後の跡地の様。

 だが、感心している場合では無い。


 この場に誰かが——それも、『苺のことを知り、且つ「スキップアウト」の閃突を止めることが出来るレベルに達している者』が降り立って食い止めない限り、怒り狂う白光はやがて都市を、世界を焼き尽くすだろう。


 そんな都合の良い軌跡。


 幸運の女神が満面の笑みを向けない限り、早々起こる筈も無いが——。


「——おめでとう、苺君」


 どうやら、女神は、人格破綻者の匂いが漂う男を遣わしたようだ。

 刹那に赤黒い雷光が迸り、白髪の青年は掌で白光の閃突を止め、苺を優しく抱き締めた。


「……せん、せい……?」


「もう安心していい……君はよくやった。だから、少し休みたまえ」

 

 糸義倫語が撫でるように放ったその言葉は、彼の温もりと相まって、苺を激しく安堵させた。 

 それはもう、魔剣を手放して即座に眠ってしまう程に。

 

 その後、傍らに倒れていた『マイナス:ブルー』の男——本名・日比谷博彦は、駆け付けた『剣星団:警護セラ部隊フィム』によって逮捕され、苺を連れて戻った倫語は、彼女と現場付近に居た生徒達のメンタルケア、及び『識別パラメ情報ータ』に異常が無いかどうか確認した。

 

 粋羨寺色舞が負った怪我に関しては軽傷で済み、彼女を案じた仲間に囲まれてすぐに目を覚ましたのだという。しかし、彼女は苺のことを聞いた途端にカウンセリングルームへ向かい、そこに居た倫語に噛み付く勢いで苺の容態を聞き出した。

 

 当の本人は幸せそうな顔でぐっすり眠っていたので、粋羨寺はその場にへたり込み、安堵を見せた。


「優しいんだね……君は」

 

 柔和な笑みでそう言った倫語に対し、粋羨寺は「ふんっ」と顔を背け、


「別に、これぐらい『剣姫』として当然のことですわ。……もっとも? このわたくしを助けてくれた相手にまだお礼の一言も言えていないのだから、ここで彼女が目覚めるまで待つのも別に可笑しくない道理だと思うのですが、異論は無くて?」

 

 頬を赤く染めて早口で確認の旨をまくし立てた粋羨寺に、


「ああ、異論なんてある筈が無いさ」


 と、倫語は満面な笑顔でそう言い残し、部屋を後にした。

 二人の間で生まれた新たな友情を間近で祝福したかったが、今の倫語には、そんな余裕など残されていなかった。


 屋上に着くと、白衣のポケットに両手を突っ込み、星々が煌めく夜空を見上げて呟いた。


「ターチス……君との約束、もう少しで叶うよ」


 そして、夕焼け色の双眸を鋭く細め、低い声音で紡いだ。


「——ゼロニア=フォーツェルト。そのために、お前を倒す」


 脳裏には、苺と色舞が襲撃に遭うより数刻前に成した対峙での記憶が過っていた。

 今回の襲撃事件の元凶である、あの『錬金術師』との対峙の記憶が——。


☆☆☆


 ——日比谷博彦による襲撃より数刻前。


 糸義倫語は、乙木真文が提示してくれた『叛逆マイ術士ナス』出現の統計が取れたマップを頼りに各エリアの街並みを奔走し、彼らを発見しては退治して回っていた。


 この『魔剣都市』において、本来ならば起こりにくい犯罪。


 この都市の住民は皆、体内に『超小型ナノデ演算器バイス』を投与されており、そこに蓄積されたデータは『パラメータ』として『光子シー端末ルド』に転送され、中枢機関——つまりは『剣星団』の本拠地であり『剣皇』が坐する『剣宮城』に集約される。


 故に、本来ならば、これほど簡単に犯罪事件が多発することなど、あり得ないに等しいのだ。


 しかし、事実、それが成されてしまっているのが現状であり、倫語は、ある一つの仮説を立てていた。


(『抜け道』を用意している者が居る……)


 少なからずある可能性。ならば、その者はこの都市の構造の『粗』に既に気が付いてしまっている人間。且つ、その事実を『マイナス』側に流しているところを見るに、決して味方とは言えない。

 

 そこまで考えを巡らせたところで、倫語は一度、ビルの上で立ち止まった。


 エリア6にある観光特区域の中でも、目の前に聳え立つ大剣を模した超高層タワーは、『魔剣都市』でも随一の高さと人気を誇る観光スポットである。特に柄の形をした一面ガラス張りの展望台は、恐怖に陥っても尚、三六〇度どこを見渡しても空や街中という景色に魅了されてリピートする物好きが後を絶えない。


 だからこそ、展望ラウンジに居る観光客は、今『予期せぬ事態』の最中で危険に晒されていると分かっていても、きっと、心の底から楽しんでしまうことが出来るのだろう。


「…………」


 展望台の上に佇み、両手から淡い青白い雷光を散らし、藍色の長髪を靡かせている紳士。


 紳士と判断できた理由は、その男の身なりが純白のタキシードにシルクハットとという、このご時世には珍しい珍妙は格好だったからだ。


 倫語はすぐさタワーの展望台上に飛び立ち、男と対峙する。


「君は……何だ?」


 そよ風が不気味に吹き付ける中、紳士はニヤリと笑って答える。


「『何だ』……ね。なるほど、良い質問だ。承ろうじゃないか」


 中性的な声で七面倒な返答を寄越した紳士は、両掌から発している青白い雷光を小さく爆発させると、幾つかの岩石を中空に顕現させた。


 ——『ゼロニア=フォーツェルト』。


 岩石はその形にカッティングされていた。


「……っ!」


 倫語は両手に赤黒い雷光を発し、刹那の間に岩石を粉微塵にして破壊した。これでラウンジの中に居る観光客への被害は免れた。


 倫語は紳士——ゼロニアを真っ向から睨んで言った。


「君さ、もしかしてとことこん視野が狭い?」


「ノンノンっ、その逆さ。全てが視えているからこそ、オレは今のパフォーマンスをしてみせた。だってキミ、こうでもしなきゃ、発揮してくれないでしょ?」


 そこでゼロニアは人差し指の先を倫語に向け、片目を瞑って続けた。


「——『龍魔術』をさ」


 倫語は眉を顰め、両手の指の骨を鳴らして問う。


「おかしいな。そうして君がそれを?」


「知っているから。そして、それはオレの素性を明かすことへも繋がる。……『影の戦争』にて大活躍だった『錬金術師』の家系って言えば、簡単に理解できるよね?」


「……そうか。なるほど」


 瞬間、倫語はその場に残像を作り、瞬きよりも速くゼロニアの首を手で掴んでいた。

 そして、雷光が激しく瞬くと共に唱えた。


「——『強化術式:龍の怒り』」


 体内を巡る『魔気』が倫語の詠唱に応じ、記録された『魔典』を介して『魔術』として顕現する。


 これで、首を掴む手がピクリとでも動けば、ゼロニアの首は容易くへし折れる。

 その前に、倫語は彼に問い詰めなければならない。


「『転入生』目当てに『マイナス』を手繰っているのはお前か?」


 ゼロニアは微かに眉を動かし、


「ああ、理解。よーく理解した」


 右掌を倫語に向けてかざし、一際大きな蒼雷を放った。


「『放射術式:龍の息吹』……!」


 すかさず倫語はもう片方の掌から赤雷を発し、けたましく渦巻くそれを蒼雷の砲撃と相殺させた。


 だが、同時に、ゼロニアの姿も眼前から消えていた。


「オレさ、こんな大人しそうな見た目して、

意外とヤンチャ気質なとこあるんだよね」


 不意に背後より聞こえるゼロニアの声。振り向けば、彼の手には大剣が握られていた。

 ラピスラズリの如く青光りする刀身。翼にも似た純白の柄と相まって、その魔剣は神々しく見えた。


 ゼロニアは剣の柄の尾を右手で掴むと、切っ先を地——つまりラウンジの天井に刺し、左手の掌を倫語に向けて放った。


「『左方アジの《ャ》術印スト』」


 直後、掌に刻まれている刻印が淡く青光りし、ガラス張りのラウンジを無機質な鉄塊へと変化させていく。


「錬金術……!」


「初見サービスはまだまだこっからさっ」


 倫語は右掌で『龍の息吹』をゼロニアに、左掌で新たな術式を発動させる。


「『無効術式:龍の抱擁』!」


 青白い光が倫語を中心に波紋し、展望ラウンジ全体を包み込む。それがきっかけとなり、ゼロニアが放った『錬金術』の猛攻も停止し、終いには霧散した。


「いやぁ、流石はなだけあるなぁ」


 その何気ない感心が、倫語をさらに動揺させた。


「どうしてお前がその名前を知っているッ!」


「『影の戦争』の全貌を知り得ているから、さ」


「ふざけるなッ! お前がを知っている筈が無いだろう! 仮にそれが事実だったとしても、ほんの微かに文献で触れたレベルである筈だ!」


「うん。そりゃそうだよね。なんたって、あの超ド級な歴史は、表の歴史は勿論、数少ない存命の錬金術師の家系であっても、真実を知ることは殆ど無いと言っていい」


「じゃあ、何故!」


 紳士は地に刺していた剣の切っ先を上に向け、ゆっくりと倫語の真正面に掲げて答えた。


「オレが『影の戦争』の記録の全てを宿した人間だからさ」


「————」


 倫語は咄嗟に、二の句を継ぐことが出来なかった。

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