どこからUターンしてきたんだよ!

万之葉 文郁

第1話

「よぉ、ただいま。」


 街中で声を掛けられたのは、もうすぐ新年度が始まる3月のとある昼下がりだった。


 僕は地元の就職が決まっていた。

 先日無事に卒業式を済ませ、4月から新社会人になる。

 どこか空白めいたふわふわした時間を過ごしていた僕は、その声に背中に氷を引っ付けられた感覚になった。


「えっと…まきた…くん?」


「おゥよ、久しぶりだなぁ、テラノォ」


 高校3年生の時に突然学校に来なくなって、どこか遠くに転校した、はたまた何かエラいことをやらかしてどこかにぶちこまれたなど物騒な噂が飛び交っていた同級生のあまりの変貌ぶりに驚きながら、恐る恐る名前を呼んでみると、彼はニカっと犬歯を覗かせて笑った。


「帰って来て始めに会うのがお前だとはナァ。」


 僕と蒔田は高校で同じクラスではあったが、タイプが違い、交流はほとんどなかった。


 僕はクラスで目立たず、休み時間は図書室で本を読んで過ごすような地味な生徒だった。


 片や蒔田は髪を派手な色に染め、制服を大いに着崩し、友だちとやんちゃをするような、言えば不良だった。


「こ…こちらに帰ってきたんだ?」


 僕はちょっとドキドキしながら当たり障りのない会話をしようとする。


 何せ高校時代絡まれないように、なるたけ関わらないようにしていた相手だ。

 多少どもってしまっても仕方がない。


 それに、今の姿を見て改めて関わりたくないと思った。


 蒔田はもう3月だというのに毛皮のコートを着ていた。

 なんかもう、厳つすぎる。


「あァ、鬼教官のいるところを過去最高の成績で抜けたってんで、特別に帰されたんだ。Uターンっていうやつだな。」


 得意そうに胸を張り機嫌良く答える蒔田の様子に、鬼教官がいるところがどんなところか想像しつつ、これはあまり問い質さない方が賢明だと思い、ただ「すごいね。」とだけ応じる。


「じゃあ、僕はこれで…」


 そそくさと場を去ろうとする僕の肩をガシッと掴んで蒔田は笑顔で言う。


「まさかここでバイバイじゃあないよなァ。

 ここで見たのも何かの縁だ。

 ちょっと付き合って欲しいことがあるんだがなァ。」


「…はい」


 あぁ、やっぱり逃げられない。

 僕はせっかくのうららかな春休みに

 この強面な同級生と行動を共にすることになってしまった。



***




「これからどうするの?」


 僕の前を大股で歩いて行くのを追いかけながら僕は尋ねた。


 僕は世間の一般男子より小柄だ。体の大きな蒔田に着いていくのに小走りになっている。


 ちょっと大きめのニット帽を目深に被り、こそこそ走っている僕の様子を見て、すれ違う人々は不可解な顔をした。




「なァ、カワムラは家の店で働いてるんだよな?」


 蒔田は僕に振り向き尋ねる。


「川村くん?」


 川村は蒔田とよくつるんでいた男だ。

 高校卒業後、親の工務店を手伝っていると人づてから聞いたことがある。

 僕が頷くと、


「あと、ミズシマはどこにいるか知っているか?」


 蒔田が続けて質問した。水島も蒔田と行動を共にしていた。この3人はうちの高校で右に出る者はいない暴れん坊だった。


「水島くんは、確か東京の専門学校に行って、そのまま就職するみたいだけど、春休みはこちらに帰ってるって。」


「詳しいな。」


 僕が図書室に通いつめて、人とロクに話していなかったことを覚えていたのだろう。

 蒔田は聞いておきながら意外そうに言う。


「この間、マサキに会って聞いた。」


 マサキはクラスに1人はいる同級生の進路などの情報にやたら明るいヤツだ。

 僕の幼馴染でもある。


 先の週末に、さほど関心もないのに、かつての同級生の進路を延々と聞かされた。


「あァ、アイツか…」


 しばらく考える素振りを見せた後、蒔田は僕の顔をじっと見て頼みがあると言った。


 実質僕に拒否権なんてないので、戦々恐々と次の言葉を待った。



***


 蒔田の頼みは、マサキに連絡を取って川村と水島を駅前広場に呼び出すことだった。



 2人が来るのを広場が一望できる場所で待っていた。


「お前こういうの慣れてるんだな。俺の姿を見て驚かなかった。」


 蒔田は自分の格好を見て感心したように言う。


「驚いてるし、ビビってるよ。たしかにそういう姿の人はよく見るけど。」


「家業が家業だものな。跡を継ぐのか?」


「兄が継ぐ予定だから。僕は柄じゃないよ。」


 面白がって聞く蒔田に、そんなことよりと少し声を張って言う。


「こんなところに2人を呼び出してどうするの?」


 蒔田は広場の方を見つめる。


「あそこに連れて行かれてから、いつかこちらに帰ってアイツらに絶対姿を見せると決めた。そのために今日まで血反吐を吐く思いでやって来たんだ。」



 そして、僕の方を見る。


「なァに、取って食いやしないよ。ちょっとおどかしてやるだけだ。」


 僕が返事をしないと、蒔田は重ねて言う。


「オレは優等生だからな。アイツらのせいであそこに逆戻りなんてバカバカしいだろ?」


 だから、アイツらには自滅してもらう。と蒔田が宣言したところへ、2人が連れ立って現れた。


 マサキに呼び出された2人はヘラヘラ笑っている。


 その背後にいつの間にか僕のそばを離れていた蒔田が近づいた。


 気配を察して振り向いた川村は驚愕の表情を見せ、尻餅をついた。

 それを横で見た水島も振り返った途端に恐怖で地面に膝をついた。


「あっ…あぁ…」


 声にならない声を上げる2人に蒔田は凄んだ。



「よくもあの時俺をってくれたな。」



 2人が見たのは、額に角を生やした、この世の者ではなくなった鬼の姿をした蒔田だった。



***


 あれから蒔田は2人に警察への自首をさせ、2人は蒔田の殺人及び死体遺棄事件で逮捕された。


 その後、蒔田は鬼の世界に帰っていった。

 鬼はあの世の秩序を守るもので、地獄に堕ちた者の魂が、厳しい鍛練に耐え成るものだ。


 そして、僕の家はこの世とあの世の間にある問題を解決することを家業にしている。

 表向きはただの寺で、僕はただの坊主だけど。


 僕は、被っていたニット帽を脱ぎ、髪を剃った頭を撫でた。

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