2章12話 私の弟がラブコメヒロインに惚れないわけがない。(2)
星宮ちゃん、本当に良い子すぎない?
弥代って学校でも女子の悪口を言っているはずで、その弥代に対してこの反応をするのは……、メチャクチャ優しいっていうのもあるんだろうけど、逆に普通じゃないでしょ……。
『あの……及川さん?』
「ん? なになに?」
『及川さんって、その……ブラコン、ですか?』
「えっ? え……っと、なぜに?」
『たぶんなんですけど……初対面のわたしから連絡先を聞いて、その日のうちにお話したがって、その内容が弥代くんのことなのは、弥代くんのことが心配だからですよね?』
いや……、まぁ……、バレるかぁ……。
しかし当然、自覚はあるよ? ブラコンだっていう。でも流石にそれを面と向かって……ないけれど。直接……ではないけれど。とにかく指摘されるのは中々恥ずかしい。
「は、はぃ……、ブラコンです……。でも勘違いしないで? 私は当然、弥代と恋人になりたいとか、禁断の恋に落ちたいとかは思ってない。そういうのはフィクションの話」
『ま、まぁ……流石にそれは当然かと』
「ただ……」
『ただ?』
「やっぱり心配だから。弥代は昔、女の子に裏切られたことがあるし」
『それは……弥代くん本人から聞きました』
やっぱり、弥代は星宮ちゃんのことを好きになりかけているのかもしれない。自覚がないだけで。
いや、だって、本当に信頼していないと、そんなこと言えるわけがないし。しかも弥代はあの性格だし。
弥代はチョロいな。
少し感傷的になっていると、スマホから小さな声が聞こえた。
『大丈夫ですよ』
うん? なにが大丈夫なのだろうか? それとも特定のなにかに限らず、全部に対して大丈夫と言ったのだろうか?
なんて、私が星宮ちゃんの言葉の意図を気付かずにいると、先に星宮ちゃんが言ってきた。
『わたしは弥代くんのことを裏切りません。裏切れません。それに――』
「それに?」
『秘密がどうのこうのではなくて、わたしが裏切りたくないんです。少なくとも、わたしは弥代くんのことを大事な友達だと思っていますから』
理由があるとはいえ、嫌われ者の弥代のために、こんなくさいセリフを吐けるなんて聖人君子に近い。
本人はきっと、弥代のことを心の底から友達だと思っているのだろう。
けど、だからこそ、もしも仮に、本当に、弥代が星宮ちゃんに恋をして、それを自覚できたとしても、それは叶わない。
結局、星宮ちゃんに限らず弥代にも優しくしてくれる誰かが現れたとしても、本人が成長しない限り、その子とはずっと友達で終わるんだろうね。
「……皮肉だよね」
『ん? 何か言いました?』
「う~ん、なんでもないよ」
部屋にかけてあった時計を一瞥する。もう8時半だ。
電話を開始してから思いのほか時間が経っているけれど、弥代はまだお風呂から出ていない。
たぶん、出ていたらお姉ちゃんの事を呼びにくるし。
だったら、もう少しお喋りでも続けようかな。
『あの……及川さん、文化祭に来ないんですか? 弥代くんのことがそんなに心配なら、周りを見るいい機会だと思うんですけど……』
文化祭か~。確かに星宮ちゃんの言うとおりだ。私としても行ってみたい。
弥代の頑張っている姿を確認したいし、弥代を抜きにしても楽しそうだし。でも……、
「私も行きたいのは山々だけど大学のレポートがあるからねぇ」
『そうですか……』
あぁ……この子はなんか、弥代と同じ表現を使うなら、本当に驚きの白さだ。
ただ、それが弥代を恋に落とす鍵で、弥代を失恋させる鍵でもあるんだよね。
他の女子とはどこかが違う……という純粋で真摯な態度により弥代は恋に落とされる。
けれども友達としてしか見ていないという純粋で真摯な態度により弥代は振られる。
「でも――課題が早く終わりそうなら行ってみるよ。久々に理央と茜にも会いたいし」
『やっぱり知っていたんですか? 弥代くんの幼馴染だから、もしかしたら及川さんも……なんて思っていたんですけど』
「モチのロン! あの2人が弥代の幼馴染ってことは知っているでしょ? 昔、及川家は3人とそのお母さんたちの集会所みたいなもんだったから、お母さんたちが話している間、私も3人に混じって遊んでいたし」
『そうなんですかっ』
いつの間にか弥代の恋の核心に迫る話から脱線していた。
で、それに気付いたその時だった。ふと、1階っていうか階段から音がした。そしてそれは私の部屋の前で止まって――、
「姉さん、俺上がったから次、お風呂に入っていいよ~」
もう時間か。お父さんはまだ帰ってきてないから先に入らせることは不可能。というか、私がお父さんのあとに入りたくない。
で、お母さんは食器洗いや洗濯物をたたむなどの家事をしている。邪魔することはできない。私が入るしかないなぁ……。
『今の声、弥代くんですか?』
「あ、聞こえてた?」
音量を小さくしていたとはいえ、スピーカーモードだったからね。
『はい、お風呂ですよね。どうぞ入ってきてください』
「ゴメンね、星宮ちゃん。じゃあ、またいつか」
『はい、失礼します』
線を切るようなブツッ――という電子音が鳴ると通話は切れた。
私はスマホを充電器に差し込むと、それを机の上において、お風呂には向かわずイスに座った。
考えるのは弥代の幼馴染、茜のこと。
ぶっちゃけ、茜は絶対に弥代のことが好きだ。でも、弥代はたぶん、現在進行形で星宮ちゃんのことが気になっている。
以前弥代に、茜と他の女子はどこが違うの? なんで茜とは一緒にいられるの? なんて、そう尋ねたことがある。
それで返ってきた答えは『なんかよくわからないけど、茜は俺に愛想を尽かさないから』だった。
結局のところ、弥代の女子嫌いって、今思うと矛盾しているんだよね。
本当に女の子のことが憎いなら、茜も含めて妥協せず、来る者全員を弾けばいい。
ただ、それでも弥代の近くには、2人とはいえ女の子の友達がいる。
それはきっと、悪口が女性に対して不信感を抱いている弥代のリトマス試験紙みたいなモノだからだろう。
皮肉にも、人間関係にピュアで、理想が高い人ほど陰キャになりやすく、友達を妥協できて、平然とウソを吐ける人ほど陽キャになりやすいのと一緒だ。
要するに、弥代は女の子への理想が高いのだろう。しかも当然、人間関係は綺麗に越したことがないから、私も一概に弥代が間違っていると言えなくてもどかしい。ていうか私も、それに関して言えば弥代と同意見だし。友達はまだしも、恋人を妥協するなんてありえない。
「私も弥代のこと言えないなぁ……。結局、私も年齢=カレシいない歴だし……」
『なに1人で絶望してんの……?』
ふと、呆れられた。
スマホからの声ではない。実は点けっぱなしにしていたパソコンから声は聞こえた。
「よくよく考えたら、あの弥代より私の方が灰色の生活を送っていることに絶望したの」
『やめてよ……。そう言われると、あたしまで受験勉強一色だった高校生の頃を思い出す……」
「まぁ、それは置いておいて本題だけど――ユッキー、今の子が弥代のラブコメのヒロイン、星宮奈々ちゃん。他に現れるかどうかはわからないけど、まずはこれで1人、私はヒロイン確定でいいと思う」
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