2章11話 私の弟がラブコメヒロインに惚れないわけがない。(1)



 たぶんだけど、我が弟は遅かれ早かれ、あの星宮ちゃんという女の子を好きになるだろう。

 女の子は結局、可愛くて優しい子が最強なんだ。


 しかも弥代は性格がアレだ。

 トラウマのことも相まって、誰かから優しくされるのにとことん慣れていないのである。


 端的に言えば免疫がない。得体の知れない生物として扱ってきた女子と、弥代は茜以外の接触を絶ってきた。

 だから免疫がなく、優しくされればすぐ恋に落ちるだろう。弥代はすごくチョロいのだ。以上がお姉ちゃんの推測。


「姉さん~。風呂どうする~?」

「先に入っていいよ~っ」


 現在、私は自宅の2階にある自室のベッドでゴロゴロしていた。

 1階から弥代が入浴を促してくるが、お姉ちゃんは弟に一番風呂を譲っておく。


 で、だ。

 私はベッドに寝転がりながら、スマホを弄る。画面には『星宮奈々』という名前とSNSのIDがある。


 逡巡してから通話ボタンを押す。

 コール音が4回、そして通話が繋がるときの表現しようがない電子音。


『はい、もしもし、星宮です』

「及川姉です。今大丈夫かな?」

『OKですよ……くちっ』


 通話先から星宮ちゃんの可愛らしい、小さなくしゃみが聞こえた。

 風邪かな? でも、さっきまでそんな様子はなかったし……。


『すみません……今、お風呂あがったばかりで……』

「まさか裸?」

『ほぇ!? あぅ、はぃ……』


 いやいやいやいや! 仮に裸なのが事実でも、違いますよ~とか笑っていなしてよ!

 訊いたのはこっちだけどめっちゃ気まずい! 正直に答えないでよかったのに!


 ていうか――やっぱり星宮ちゃんって、そういう願望があるんだね。

 弥代は上手く彼女のノーパンを隠したと勘違いしているようだけれど、まぁ、普通にバレバレだよ。星宮ちゃんの反応で。


 で、ん?

 スマホを通じてなにかが擦れる音がする。服でも着たのかな?


『もう本当にOKですっ!』

「ゴメンね? 急に通話なんて…」

『いえいえ! 布団にくるまりましたから!』


 いや、少しぐらい待つからパジャマ着てよ……。


「星宮ちゃんって……本当に普段ノーパンじゃないんだよね?」

『っ!? も、もちろん穿いてますよ? でも、それと今は関係ありません! ちなみに、今は自分の部屋にいますし、やっぱりセーフです』


「着替え終えるまで待つけど……?」

『いえいえ! 目上の人を待たせるなんて失敬ですから』


 だからと言って部屋で裸はセーフなの?

 パンツは無理だろうと、せめてスカートタイプのパジャマは着た方がいいんじゃ……。もしも通話中に父親とかが入ってきたらどうするのだろう?


「本題に入るけどいい?」

『はいっ、OKです!』


 さて、私は今さらながら注意を払った。廊下から足音はしない。一番盗み聞きされたくない弥代にはお風呂に入ってもらっている。

 私は弥代がいないことを足音で判断してから本題を切り出した。


「星宮ちゃんって、弥代のことどう思っているの?」

『どうと訊かれましても……友達ですよ? 本屋さんで説明したとおり、わたしは弥代くんのことを友達としか思っていません』


 口調からしてウソを吐いているようには聞こえない。けど、ウソを吐かないのは予想できた。

 というより、友達と答えることは予想できていた。異性に対して免疫がなく、ある意味では意識しまくっている弥代じゃないんだから、まず友達と答えるはず。


「質問続きでメンドくさいかもだけど、ゴメンね? なら、さぁ? なんで弥代と友達になったの? 秘密を握られていたら普通、必要な時だけ話しかけて、あとは不用意に近付かないんじゃない? 一緒に寄り道なんて……怖くて、普通ならできなくない?」


『……秘密がなにかって聞かないんですか?』

「訊いても答えられないから秘密なんだし、訊かないよ」


 そもそも、すでに知っているし。

 そして当然、これを口外する気はない。そんなことをしても私にメリットないし、弥代にも迷惑がかかっちゃうし。


 秘密のことは正直、私にとってどうでもいい。

 問題なのは私の可愛い弟がまた傷付いてしまわないかどうかだ。星宮ちゃんが悪い子だとは思えないが、万が一ということがあるからね。


『……弥代くんって、女子に対して否定的なんですよ』

「まぁ……当然知っているよ」


『よく女の子とも喧嘩するので……だから、少しでもクラスメイトと仲良くできたらな~って』

「…………」


『わたしで女の子に慣れてもらって、少しずつクラスに溶け込めていけたら、それっていいことじゃありませんか?』

「――そう、だね。――私も本当に、そうだと思うよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る