2章8話 及川弥生は星宮奈々に騙されない。(3)
まぁ……俺の抱いている女子のイメージは集合体であって、個人ではない。クラスメイト1人をとっても、小さなところで、だけどたくさんの違いがある。
流石に、そこまで否定するわけにはいかない。
それに、星宮だって人間だ。
本人の言うとおり、悪いところだって本当はいくつかあるのだろう。
「この本屋さんでいいの?」
いろいろ考えていると、星宮が優しくはにかみながら俺の前に立った。そのいきなりな笑顔で驚いて鼓動が少し速くなるけれども、なんとか冷静さを保とうと思う。
で、星宮はとある建物に指差していた。学校から一番近い全国チェーン店の本屋である。
「あぁ、そういえば、いつ星宮と道がわかれるかもわからないからな」
俺と星宮は並んで店の中に入った。
軽快な音楽と共に「今月のエンタメセレクション!」という女性の明るい声が天井のスピーカーから流れていた。
この店ではマンガも参考書もエンタメ本も色々な本が売られている。他にもCDやDVDのレンタルもできるし、純粋な本屋ではないが、中高生はむしろこっちの方によくくるだろう。
実際、俺も休日によく訪れている。女子と一緒に来たのは初めてだが。
「それで、弥代くんはなに買うの?」
「マンガ」
店内を迷わずに進む俺、そして、そんな俺の隣を歩く星宮。こんなところを知り合いに目撃されたら、また学校で話題になるんだろうな。
今、改めて考えてみると、やはり星宮と一緒に寄り道するのは軽率だったかもしれない。いや、今更それをどうこう言うことはしないけど……。
「そういえば、弥代くんはどんなマンガを読むの?」
「基本的になんでも読むけど、今日買うのは恋愛マンガの予定だ」
俺の返事が意外だったのか、隣を歩く星宮がビックリして転びそうになった。
まぁ、確かに女子嫌いの俺が恋愛マンガなんてモノを購読していたら、普通は驚くのかもしれない。
「恋愛マンガかぁ……。やっぱり、フィクションでは女の子と仲良くしたいから?」
「違う。たいていハーレムを作っている主人公は最終巻で誰か1人を選ぶだろ? 他の女子は特殊な例を除いて振られるわけだ。その女子が振られる瞬間を読みたいんだ」
「捻くれてるよ、その思考!?」
「しかし実際、サブヒロインが一番輝く瞬間といえば、告白して主人公に振られるところだろう? 世の中にはさらに、好きなキャラにこそ苦しんで死んでほしいとかツイートする集団もいるぐらいだぞ?」
「理解はできるけど共感はできない……」
「あとは最終巻後の主人公とヒロインの将来を思い浮かべたり」
「あっ、うんうん! それは私もわかる」
「だろ? 付き合っても束縛やら、浮気やら、すれ違いやらで最終的に別れる想像が止まることはない。過去に振ったサブヒロインが主人公のことを諦めきれなかったり、主人公がやっぱり別の女子がいいって言ったり」
「ごめん、やっぱり全然共感できない……」
という会話を終わらせて、俺と星宮はマンガコーナーに到着。
右側の本棚には少年マンガが、左側の本棚には少女マンガが、突き当りの本棚にはライトノベルが並んでいた。当然のことながら俺は少年マンガの本棚を見て回ることにする。
「星宮も見たい物があるならそっちに行っていいぞ? 少女マンガのコーナーとか」
一応、気を利かせて星宮に言う。
しかし星宮は俺の隣から離れず、それどころか首を横に振った。
「別々に行動したら、一緒に寄り道している意味なくない?」
「言われてみればそのとおりか」
「それにわたし、少女マンガってあんまり好きじゃないんだよね。というか、ついこの間好きじゃなくなっちゃったの……」
「それはまたなんでだ?」
意外だな。当然、女子でも少女マンガをあまり読まない可能性は誰にだってあるが、ここまで強い反応をされるのは予想外だった。
で、星宮はビッ! と、少女マンガの本棚を指差すと――、
「だって、ノーパンの主人公なんて誰もいないから、感情移入できないし」
「そんなのいるわけないだろ!?」
「厳密には、わたしはもう普通の女の子じゃないのに、普通の女の子ばかり主人公なのが問題なわけですよ。自分と共通点があるかどうかはとっても大事」
「それだとほとんどのマンガが読めなくないか……?」
「だけどバトルマンガは今でも好きだよ? むしろ主人公は特別なことが多いし」
俺の女子嫌いのせいで恋愛マンガを歪みつつ読むのと、星宮のノーパンせいで少女マンガを読まないの。果たしてどっちがマシなのか。
……どっちもマシじゃないな。どんぐりの背比べだ。
「とりあえず……寄り道らしく、もっと本を見て回るか?」
「んっ、そうだね。せっかく弥代くんと寄り道するんだし。なんていうか、そう、レア度が高そう」
「それ、宝くじ当たる系のレア度じゃないよな? 交通事故に巻き込まれる系のレア度だよな?」
「う~ん、弥代くんって地味に自尊心が低いよねぇ……。わたしは普通に宝くじ当たる系のつもりで言ったのに」
それで、俺たちが改めて訪れたのは青年向けマンガコーナー。
そこでは何人かの客が試し読みできるマンガを立ち読みしていた。
「なにか読む?」
「1冊のマンガを? 俺と星宮の2人でか?」
「頑張れば読めそうじゃない?」
「感情的なことを言うけれど……スペースの問題じゃない。1冊のマンガを男女2人で読むとか、割とリア充だろ」
「そもそも、弥代くんは割とリア充だと思うよ? 遠野くんとは親友で、朝原さんともすごく仲良し。流石に正直、大多数の女の子からは嫌われていると思うけど……2人は弥代くんにとって一生の友達だよね? なら、2人がいればリア充だよ」
「まぁ、理央と茜以外に、俺のリアルを左右する知り合いなんていないからな」
「えっ……酷い。私は? お姉ちゃんは?」
「……ん?」
なんか聞き覚えのある声がして振り向くと……姉さんがいた。
なんでやねん。姉さんの大学とか仙台駅とかとは方角違うだろ……。
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