2章9話 及川弥生は星宮奈々に騙されない。(4)
「マジかぁ……。誰かに見られる可能性は確かにあったけど、まさか姉さんに見られるとは思わなかった」
「そう、それ。弥代……、あんた病気にでもなったの……?」
「どうした急に?」
「だって弥代が女子と一緒に寄り道とか、天変地異の前触れでしょ!」
そこそこ注目を浴びそうな声量で言って、姉さんは星宮に視線をやった。
一方で、初対面の人からよくわからないことを言われて、星宮はうろたえている。
で、流石に姉さんも星宮が気まずそうにしていることに気付いたのだろう。
ふと、姉さんは星宮に近付いて――、
「ゴメンね、いきなり変なこと言っちゃって。私は弥代の姉の及川弥生です。あなたは?」
「あっ、えとえとっ、弥代くんと同じクラスの星宮奈々ですっ」
「うむ、よろしくねっ」
「は、はい!」
星宮よ、ビビりすぎだ。姉さんは猛獣でも怪獣でもないぞ?
いきなり置いてけぼりなやり取りを喰らって、星宮は姉さんに苦手意識を持ったようである。
「ところで星宮ちゃん?」
「な、っ、なんでしょうか……?」
「こいつ、性格悪いでしょ」
「おい待て、脈絡もなく人のことディスってんじゃねぇよ」
俺の抗議の声も虚しく、姉さんは星宮に対して、いかに俺が性悪かを懇切丁寧に説明し始める。
星宮は苦笑いでそれを受け止めていた。
「だってこいつ、事あるごとに女子の悪口言わない? なにがあろうと絶対に夜道で襲ってこないっていう点では評価できるけれど、なにをどう考えたってロクな男じゃない」
「あっ、その……みんなが弥代くんのことをどう思うかはわかりませんけど、少なくともわたしは、弥代くんのことを信じています」
「へぇ…………やっぱ」
「――――えっ?」
「――――ちなみにだけど、さ? もしかして2人って、付き合っていたりするの?」
「ほぇ!? あ、あの……っ、及川さん、極端すぎです! わたしと弥代くんは友達で、そういう関係じゃないです」
「え……? そうなの?」
「うぅ……」
意外そうな
なんつーか、あれだ。なぜ姉さんは俺と星宮が付き合っていると勘違いしたのか? 一緒に帰っていたから好意を寄せているとか、小学生レベルだぞ?
「いや~、ゴメンね? ホントにゴメン。弥代の女子嫌いは知っていると思うけど……それでも一緒に帰るってことはそういう関係なのかな~って、勘違いしちゃった」
「いえ……大丈夫、です」
「ところで、だったらどんな感じで仲良くなったの?」
仲良くしている理由を問われて、星宮は小さく首を傾げる。
そして――、
「秘密を握られているからですね」
「弥代……、こんな可愛い子の秘密を握ってなにをする気……?」
「星宮ぁ……、もう少し考えてから答えてくれ……」
姉さんはドン引きして、俺から逃げるように
やめてよ、姉さん。それ、演技だよね? 冗談だよね? 星宮もなんか続きを言ってくれ。誤解が解けないだろ。
「まぁ、弥代の性格が悪いのは今に始まったことじゃないから気にしないでおくよ」
「気にしないでおくのは嬉しいが、まずは誤解を解かせてくれ」
「じゃあ具体的にどこらへんが誤解なの?」
「ふむ……」
「うん」
「…………おや?」
「えっ、なに、その不穏な呟き……?」
あれ? 待てよ?
今回は言い方が悪かっただけで、別に星宮はなにもウソを吐いていない。だとしたら必然的に、誤解を解くために必要なのは真実、星宮がノーパンという事実になってしまう。
しかし、だ。俺は絶対にそんなことはしない。理由は単純明快に、約束したからだ。約束した以上、相手のことがどれだけ嫌いだろうとそれを守らなければならないのが人間関係である。
で、チラッと星宮を一瞥すると、約束、守ってくれるよね? と、そう言いたげな
「……姉さん」
「あっ、はい」
「正直なところなにひとつとして誤解じゃなかった」
「うわぁ……、マジでぇ……?」
「あっ、えっと……及川さん。あの、その……秘密を握られているのは事実なんですけど、あぁ~~、え~~っと、それはわたしが納得した上で握ってもらっているので」
「星宮ちゃんは優しい子だねぇ」
違う! フォローしてくれるのはありがたいけど、諸悪の根源は星宮の方だ!
クソ……っ、約束のことを踏まえて論理的に考えたら、確かに今は俺が汚名を被るべきなのは理解できているが……っ! 星宮に関わってから、なにひとついいことがない。
「で、2人はなにか本でも買いにきたの? それともDVDをレンタル?」
「マンガだよ。星宮は成り行きでついてきた。姉さんは?」
「お姉ちゃんは……まぁ、暇潰し。大学が早く終わったから、普段行かない方をブラブラしようと思って」
「なんてそんなテキトーに行動しているのに俺たちとバッティングするんだよ……」
「それはともかく、もしかして星宮ちゃんって、さ?」
「は、はい!」
姉さんは吟味するような目つきで星宮を見た。
視線はスカートに向いている。
「星宮ちゃんって、もしかして今、ノーパン?」
「な……っ!?」
「ほぇ!?」
ウソだろ、姉さん!?
少し怪しいと思ったとしても、この俺でさえもう少しは遠回しに……っていうか、どんなに根拠があっても訊くのをはばかられるようなことだぞ!?
いや、しかし、逆にマズイ!
星宮はマジで石像みたいに硬直している。なにか言おうとしてもまったく声が出なくて、動揺しているのがバレバレだ。実際、こんなストレートに訊いてくるなんてありえないからな。
「なに言ってんだよ姉さん? ノーパンで下校する女子高校生なんているわけないだろ。いたらそいつは変態だ」
「うぐぅ……っ」
俺の背後の星宮がダメージを負ったようになんか呻いた。理由は不明だがノーパンなのは事実なんだから、少しは我慢してくれ。
それに正直、これは俺の本心でもある。これを機に、ノーパン女子高校生がどのように思われているのかを理解するべきだ。そうして現実を正しく認識すれば、危機意識も高まるだろう。
「でも昨日、弥代が自分で言ってたじゃん。クラスメイトにノーパンの女子がいるって」
「それはもっとギャルみたいな違う女子だ。それに、そういうクラスメイトがいるのは事実だが、よりにもよってこの俺が、その女子と寄り道なんてすると考えられるか?」
「まぁ、確かに……」
「星宮は容姿端麗で頭脳明晰で学級委員長、それなのに痴女っ娘ノーパンなんて、エロゲのヒロインでももう少し露骨さを抑えるぞ?」
「うわ、こいつ、私の部屋にあるヤツを少し見たな……」
「ふ、わぁぁぁ……」
なんか星宮が気の抜けた声を漏らしている。とはいえ、女子にエロゲのヒロインみたいだね、って評価したら普通は傷付くよな。でも、昼休みにも言ったけど、これが偽りのない事実なわけで……。
後ろでぶつぶつ嘆いている星宮をスルーして、俺は姉さんを誤魔化し続ける。
「それに、考えてみようぜ? 学校に指定されているとはいえ、星宮は今、スカートなんだ。しかも周囲には普通に人がいる。これでノーパンなら露出狂だぞ?」
「やっぱり、そうだよねっ。重ね重ね、ゴメンね、星宮ちゃん。変なこと訊いちゃって」
「ふふ……別に、いいですよ。わたし……、気にしてませんから……」
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