2章7話 及川弥生は星宮奈々に騙されない。(2)



 星宮が静かに、とても穏やかに、こんな捻くれている俺との出会いを肯定してくれた。

 流石になにか言うべきなんだろうが……ダメだな。異性と話した経験なんて、茜以外は皆無と言っても過言じゃないんだ。どれだけ考えても、なにを言えば正解なのか、妥当性の高い返事、まったくいい感じの答えなんて思い付かない。


 もちろん、俺は女子が嫌いだ。大嫌いだ。それに、星宮にそう言われても、星宮奈々が常にノーパンで厄介な女子という事実、認識も揺らがない。

 でも……いくらなんでもここでそんなことを言ってしまっては、星宮が傷付く……と、思う。たぶん。


 だからとりあえずは……、


「……俺だって、意外だよ」

「自分が女の子と並んで帰るなんて、やっぱり信じられない?」


「まぁ……事情を明かせない周囲からすれば、ダブルスタンダードだと言われてもおかしくない状況だ。だから、その……俺も星宮と一緒で、過去の自分にメッセージを送れたとしても、きっと信じていないだろうな、って。でも――」

「でも?」


「――でも、これも星宮と一緒で、根拠なんてなにもないし、本当になんとなくだけど、俺とぶつかったのが他の誰でもなくて、星宮だったのは、なんて言うか……よかった」

「ほぇっ?」


 なぜか、星宮は間の抜けた声を上げて驚いた。が、なにをそんなに驚いているんだ? ぶっちゃけ、星宮がさっき言ったことを、俺の立場に変換したようなことしか言っていないんだが……。

 少しニヤけているし、両手で頬を抑えているし、頬がほんのり赤らんでいるし、明らかになぜか照れていた。


「どうした?」

「なんて言うか……照れただけ」


「いや、だからなんで照れたんだよ?」

「うぅ……恥ずかしいことを他人ひとに訊いちゃダメなんだよ?」


「ん~? わからない。恥ずかしがる要素のある単語なんて、使っていなかったはずだが……」

「だからぁ! 相手が弥代くんっていうのはわかっているけど! っていうか、普段女の子を悪く言いまくっている弥代くんだからこそ! ~~~~っ、わ……わたしの気持ち、わかってもらえて嬉しかったし、わたしでよかったって言ってもらえて、よかった」


 なんか、星宮が怒っているのか恥ずかしがっているのか、よくわからない表情かおで、俺のことをたぶん、肯定している。

 いや、恐らくこれが、論理的な肯定なのではなく、感情的な共感……なのかもしれない。


「…………そう、か」

「んっ、そぅ」


「これは……恥ずかしいな」

「だから、訊いちゃダメって言ったのに……」


「一応言っておくけれど、恋愛的な意味はないから安心してくれ」

「弥代くん、今のは余計な一言だよ。安心はするけど……こう、いい感じの雰囲気が壊れちゃう。それに――」


「それに?」

「――ちゃんと昨日の時点で、弥代くんのことは信じることにしたもん」


「だ、っ、だよな。まだ話すようになって1日だ。一般的に考えて恋愛には発展しづらいなんて、言わなくてもわかるよな……」

「そういうことじゃないけど、弥代くんらしいね。実際、わたしたちがまともに話すようになって、1日しか経っていないのも事実だけど。でも……だったらなんで、今みたいなことを、わたしに言ってくれたのかな?」


 改めて訊かれると……迷うな。答えじゃなくて、それを言うべきか否か。なんていうか……照れくさいから。

 ていうか、恥ずかしいから言いたくないっていうのはこういうことか。ここ数年、基本的に理央と茜とぐらいしか話していなかったから忘れていた感覚だ。


 で、さっきは……流石に星宮を否定したくないと思った。

 要するに星宮を傷付けたくなくて出たとっさの言葉だけど……それでも、きっと、本心であることには変わりない。


「…………星宮は、俺が抱いている女子の傾向、イメージから外れてんだよ。理不尽に怒ることもないし、俺が普段女子という集団に言っている悪口と、星宮という個人への対応をわけて考えてくれて、俺なんかとも対等に接してくれるし。秘密のことだって、相手によっては逆ギレされてもおかしくないはずなのに……」


 歩きながら、俺は空を見上げた。東の方は夜らしい青紫に染まって、西の方は夕暮れらしいの橙色に染まっている。

 東の彼方と西の果てを比べたら間違いなく違う色をしているはずなのに、空に目ぼしい境界線はなく、そこに広がっているのはとても綺麗なグラデーションだった。


「弥代くんはたぶん……ウソを、吐いているよ」

「ウソ? 俺が?」


 小さく呟かれて聞き返すと、星宮はコク――と、控えめに頷いた。


「弥代くんは例を出して、根拠付きで女の子を悪く言うけれど、男の子にだって、当てはまるところはあるし、当てはまりやすい人もいる。それに女の子にだって当然、良いところはある」

「……それを一言で全部片付けられるのが、全体的な傾向、ステレオタイプだ」


「だったら、ね? 女の子のステレオタイプな悪いところじゃなくて、ステレオタイプないいところにも、少なくともわたしは目を向けてほしい。弥代くんが昔、女の子に酷いことをされてトラウマを植え付けられたのは、本当のことなんだってわたしは信じる。それが本当のことなら当然、弥代くんが女の子を嫌いになったことにも納得できる。でもね? もし女の子のいいところを見るのに少し勇気が足りないなら、嫌いなんじゃなくて、まだ、怖いんだと思うな」


「…………嫌いじゃなくて、怖い、か」

「逆に、きっとわたしだって弥代くんから見てイヤな部分があると思う。美点だけでできている人なんていないし、弥代くんが思う女の子みたいに、悪い点だけでできている人なんて、絶対にいない」


「それは……いくら俺でも、理解している」

「だから友達は多い方がいいってわたしは信じているし、もしも許してくれるなら、弥代くんとも友達になりたい。やっぱり、さ――1人は寂しいし、限界だってあるよ」


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