2章6話 及川弥生は星宮奈々に騙されない。(1)
放課後、自分でも信じられないことに、俺と星宮は途中まで一緒に帰っていた。
俺は班長ということで、先生に今日の準備の進行具合を報告して、星宮の方は委員長として文化祭に向けた会議に参加していたらしい。
こんな感じの理由で俺たちは居残り、偶然下駄箱で会った結果――、
――まぁ、一応は普通に会話するような関係にはなったからな。途中まで一緒の道なのに、意図的にバラバラに帰る方が不自然だし、自意識過剰だろう。
「星宮って寄り道とかするのか?」
「えっ? 流石に少しはするよ? なんで?」
「実際に委員長なんて呼ばれるほどの委員長だし」
「確かにわたしは委員長だけど、そこまで固くはないもん。誰もやる人がいなくて、ならわたしが、って手を挙げただけ。もちろん、やる以上はキチンとやることをやらないとだけどね♪」
夕日が沈みかけていて、空も、街並みも、視界に入る全てがどこかノスタルジックに赤らんでいた。
徐々に北風が吹き始める季節に突入しそうで、夕日によってほんのり赤らむうろこ雲がとても穏やかに流れていく。
そんな空の下、大通りに沿った道を俺と星宮は2人で並んで歩いている。
幸か不幸か、帰宅部はとっくに帰っている時間だし、部活に勤しんでいる生徒はまで解放されていないので、周囲に同じ学校の生徒は誰一人として歩いていない。
「で?」
「ん? で、とは?」
「寄り道するなら付き合うよ? 帰っても暇だし」
「………………」
俺の顔を星宮が下から覗き込んでくる。
こうした何気ない仕草で、もちろん、当然と言えば当然だけど、やっぱり俺と星宮は違うんだな……なんて思ってしまう。下から覗き込むなんて、背の低い女子にしかできないからな。
「俺の性格と女子の一般的な感性を踏まえた場合……」
「ほぇ?」
「……俺と一緒に寄り道しても、星宮はきっとつまらないぞ?」
「わたしの感情はわたしが決める」
「…………っ」
「確かにわたしは女の子だけど、だからと言って、わたしが弥代くんと一緒にいて楽しいかどうかに、きっと性別なんて関係ない。もちろん、弥代くんの言うところの傾向? はそういう感じなんだろうけど……少なくとも、わたしは実際に弥代くんと寄り道し終わるまで、憶測で結論を出したくない」
「…………お人好しすぎだろ」
「ところで弥代くん?」
「なんだ?」
「遠野くんって、確かに男の子とは思えないほど可愛いよね? 実際、わたしも本当の本当に、遠野くんなら性別を越えたアイドルとかになれると思う」
「話の脈絡がなさすぎてよくわからないが、確かに理央が性別を越えてとても可愛らしいのは誰の目から見ても明らかだ。あの可愛らしさはもはや奇跡の産物だろ。しかも可愛いだけじゃない。髪はサラサラで肌はスベスベで、頬もありえないぐらいプニプニで、どんな生活していたらあんなふうになれんだよ……」
「それで、朝原さんとは友達なんだよね?」
「まぁ、そうだな。あっちがいつか愛想を尽かすかもしれないけど、少なくとも今、俺はそう信じている」
「一方で、朝原さん以外の女の子は基本的に嫌い、と」
「確率なんてどうでもよくなるほどの地雷の被害を受けたからな」
「そして、わたしは弥代くんと友達になりたい」
「…………また話の内容が飛んだぞ」
「結局わたしが伝えたかったことはたったの1つ」
「………………」
「弥代くん、仲良くなりたいって気持ちでも、嫌悪感でも、人の気持ちにそこまで理由って必要なのかな?」
……まぁ、言わんとしていることはわかる。
人の感性に理由なんていらない。美味しい料理を食べたら美味しいと感じるし、綺麗な景色を一望すれば素晴らしいと感じるのが人間なんだ。
そして俺だって、女子にトラウマになるようなことをされて、女子嫌いになった。
それと同じように、正直、俺のどこにトリガーがあったのかは本人しかわからないだろうけど――俺のなにかが星宮のどこかに引っ掛かって、そう思ってくれたのかもしれない。
「じゃあ、その……」
「はいっ」
「近くにカフェなんてないし、段取りもクソもないけど……とりあえず本屋でもいいでしょうか?」
「ふふっ、うん、いいよ! でも弥代くん、わたし相手に緊張しすぎ」
マジかぁ……。今、俺は自分から、女子に一緒に寄り道しないって誘ったことになるのか……?
別に星宮が相手なら悪いことにはならないと思うけど……恥ずかしい。背中がかゆくなりそうだ。
ていうか、星宮と話すようになって、俺は変わってきているのだろうか?
今までの俺だったら、間違いなくこの状況で一緒に寄り道なんて選択はしない。それなのに誘ったってことは……他の誰でもない。星宮とならたぶん大丈夫だ、って、そう少しは気を許したのかもしれないな。自分でも、気付かないうちに。
「それにしても、意外だなぁ」
「なにが?」
「わたしと弥代くんがこうして、一緒に並んで寄り道しようとしていることが、だよ。半年間同じクラスだったし、弥代くんが女の子を嫌いで、女の子から嫌われていることは正直、知っていた」
「そりゃ……知らない方がおかしいからな」
「だからそんな男の子とこうして放課後に2人でいることが、自分でもすごく意外。たぶん、先月とかのわたしに未来の出来事を教えたとしても、絶対に信じないんじゃないかなぁ、って」
「もしも過去にメールを送れるなら、ちゃんと〈屈折のデザイア〉のことも教えておけよ」
「あぁ~~……、それも絶対に信じないよね、先月のわたし」
「実際に見ていないなら信じる方がヤバイからな」
「でも、ね?」
「あぁ」
「――――結果的に、わたしは弥代くんに見られて、よかったと思っているよ」
「………………ん?」
「ほぇ?」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!? なに言ってんのお前! 流石にそれはない! 今回は絶対に俺が正しい!」
「えっ? えっ!? そ……そこまで言うのは酷くない!?」
「いやいやいやいや! もはや星宮に今しているのは罵倒じゃなくて心配なんだが!? 自分が好きでもない男子にどこを見せたのかよく思い出せ!」
「――――ぁ、ち、違う! 違うよ!? そういう意味じゃないからね!? 誤解しないで! あとあと、恥ずかしいこと思い出させないで! そういう意味で言ったんじゃないもん!」
「えぇ……、今の発言に対して即座に痴女宣言以外の解釈を見出せたヤツがいたら、逆にヤバイだろ……」
「――――もちろん、ね? もう一回、わざと誰かに見せるなんてありえない。昨日、わたしとぶつかったのが弥代くんだったのは、実はわたしにとって奇跡だったんじゃないかなぁ、なんて、結構本気で思っている。
こんなよくわからない超常現象、相談相手が女の子だったとしても、誰にも言えないことだけど……いつまでも1人で抱え込んで、心が潰れちゃわないモノじゃないなんてことも、まぁ、最初からわかっていた。
だから、さぁ? も、っ、もちろん、もう見せるのは恥ずかしいんだけど――最初で最後の相手が弥代くんなのは、本当によかった。弥代くんがなんだかんだ言いつつも、本当にわたしとの約束を守ってくれそうな男の子で、少しずつ、こんな意味不明な状況でも、安心でき始めているの」
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