2章5話 俺も、朝原茜も、やはり本当のことはなにも言えない。(3)



「たとえば魔女が被っているようなとんがり帽子とか、あとは黒いマントとか、そういう感じの」

「なるほど。確かに、特に理央には似合いそうだな。ていうか文化祭だし、理央のルックスならセーラー服とか女装でもいけそうな気がする」


「なんでそこで真っ先に出てくるのがあたしでも委員長でもなく理央の女装なのよ! いや、確かにメチャクチャ似合いそうだけれども!」

「弥代って結構マニアックだよね。こんな外見だけど一応男子の幼馴染に、魔女っ娘女子高校生の格好をさせるなんて。まぁ、弥代が望むなら、別に着てあげてもいいけど」


 クスッ、と、理央はまるで小悪魔のようにイタズラっぽく微笑んだ。

 座り方はまるで女の子のように正座を崩した女の子座りで、座高の都合上、俺と目をあわせようとすれば必然的に上目遣いになってしまう。


 なにこの幼馴染、メチャクチャ尊い。

 ていうか理央、自分がありえないぐらい男の娘として可愛らしいってわかっていてこういう言動しているだろ。


「…………委員長にルックスで負けるのはまだ許せるけど、理央にも負けたら流石に自信を失いそうね」

「まぁ、待て、茜。確かに理央はメチャクチャ可愛いけど、根本的な話として、人の外見に勝ち負けなんてないだろう」


「正論だけど誰のために悩んでいると思ってんのよぉ!」

「そろそろ真面目に話し合った方がいいんじゃないかなぁ?」


 一理どころか完璧に道理を通している星宮の仲裁によって、再び話し合いが始まった。


「はい、というわけで、星宮の意見を参考にして今日は衣装を作ろうと思う。一応改めて訊くけど、他に意見は――」

「「ないで~す」」


「それじゃあ、まず、星宮と茜は普通にセーラー服の上からマントなり魔女の帽子なりでいいとして、やはり問題は理央だな。普段の格好か、文化祭ゆえの女装か、本人の意見を訊いてみよう」

「正直、ボクはホントに女装してもいいよ? 自分で言うのも変だけど、この外見で似合わないなんてありえないし」


「お願いだから、あたしにもその自信を1割でいいからちょうだいよ……」

「自信は他人になにを言われようと、結局は自分で手に入れないといけないモノなので、茜の嘆きはいったん置いておいて……理央が女装してくれる場合、その衣装をどこから調達するかも問題になってくるな」


「茜ちゃんの服を着るとけっこうダボダボになっちゃうからね」

「言っておくけれど! あたしは別に太ってなんかないわよ!? 理央がありえないぐらい小柄で、しかも胸の分の生地が必要がないからダボダボになるの!」


「言わなくても理解しているから安心してくれ……」

「あの、弥代君?」


 星宮が挙手する。なにか意見があるようだ。


「わたしの私服でよければ遠野君に貸すけれど……どうかな?」

「……星宮本人と理央がよければそれでいいけど、パンツはどうするんだ?」


 その時、俺はまたもや誰かから胸倉を掴まれた。いや、さっき俺に詰め寄ってきた星宮信者の男子なんだけど……。

 だよなぁ……。今のは流石にそうなるよなぁ……。


「なあ、及川? 今のはセクハラじゃないか?」

「正直なところ……今回は流石に俺もそう思った」


「それが貴様の遺言だ」

「はい、ストップです! わたし本人は気にしていないので、解散かいさん!」


 ありがとう、星宮。

 今日だけで同じやり取りを2回も3回も繰り返すところだった。


「理央、一応訊くけれど、女性モノの下着を買う勇気はあるか?」

「ないけど!?」


「流石にそうだよなぁ……」

「ていうか、文化祭のためだけに買うなんて、お金がもったいないし」


「理央、真面目な話、スカートの中に競泳水着を着ればいいんじゃない?」

「あぁ~、じゃあ、茜ちゃんの案で頑張ろうと思う」


「じゃあ、女子2人と男の娘はセーラー服の上に魔女の帽子とマントを身に着けるとか、そういう感じでいいとして……俺はどうしたものか。意見ある人いる?」


「あたし的に、弥代は神父の服装をしたらいいんじゃないかな~って」

「一応確認するけれど……」


「なによ?」

「新婦って……俺にも女装させるべく、花嫁の方じゃないよな? やめておけ、俺の女装なんて誰も見たくないはずだ」


「いやいやいやいや! あたしだって弥代の花嫁姿なんて想像すらしたくないわよ! 神父って言うのは、キリスト教の教会の方!」

「ああ~」


「でも、朝原さん? 魔女と神父が一緒にいていいのかなぁ?」

「確かに委員長の言うとおり、魔女って日本ではオタク文化のおかげで良いイメージがあるけれど、外国だったら悪いイメージが強いもんね」


「なら、弥代の衣装は黒魔術師でどう?」

「自分で言うのも変だが、まだそっちの方が俺のイメージにあっていると思う」


 茜の意見に賛成する俺。

 正直、神父とか俺の柄じゃないからな。根拠があるなら、他人の悪口を、根拠があるからいいじゃんって、割と平気で言うし。


「ちなみに、弥代」」

「どうした?」


「女性の客が来て占ってくださいって頼まれたら、どうするつもり?」

「……逃げちゃダメかな?」」


「いや、逃げちゃダメでしょ!?」


 仕方がない。

 真面目に考えよう。


「そうだな……まず、占いとはオカルト的なモノではないと割り切って接客する」

「占い師がオカルト否定してどうするのよ!?」


「待て、冷静に考えてみろ! あまり売れていない占い師はともかく、売れっ子占い師なんて、メチャクチャ計算して自分の占い師っぽい占いを演出しないと、継続できない職業だぞ!」

「そうだけどロマンがないじゃん!」


 ロマンとか、客が求める分には当然問題ないけど、占い師側としては一番求めちゃいけないモノなんじゃないか? 

 非論理的すぎて、技術として活かせそうな要素がなにもない。


「で、だ。なにかアドバイスを求めてきたら……男性の場合、恋愛においても仕事においても、いいか悪いかは置いておいて、どうしようもない現実として、女性は男性よりも傾向的、及び比較的、感情で物事を判断しやすいので、そう踏まえた上で接しましょう、と。女性の場合、もちろんあなたが論理的に考えて正しいパターンもありますけど、男性は女性よりも傾向的、及び比較的、理屈で物事を判断しやすいので、そう踏まえた上で接しましょう、と。そんな感じでアドバイスする」

「そのアドバイス、あたしがされたら、優しさがまるでなくて頑張ろうって気持ちに絶対になれないんだけど……」


「優しくされたかったら高校の文化祭の占い師じゃなくて、ちゃんとした病院の精神科医にかかるべきだからな」

「えぇ……」


「それに、アドバイスを求めている人はみな少なからず迷っているわけだが……女性の場合は傾向的に、アドバイスの妥当性よりも、共感してもらえているか否かを重視するんだろう? 確かに共感は人間として必要な要素だが、それは自分が正しくて初めて求めることを許させる代物だ」

「弥代も弥代でだいぶ偏屈だけどね」


「その場合、自分は誰からも共感されなくて当然な振る舞いをしていると、そう割り切るしかないな」

「ホント、質が悪い……。なんでそう、他人から嫌われても、しょうがないの一言ですませられるのよ……」


 深いため息を吐く茜。

 おおかた俺の女性嫌いを嘆いているに違いないが……なんでこいつはそこまで嘆くんだろうな。


「なんで茜はそこまで俺の女子嫌いを嘆くんだ?」

「弥代には関係ない」


「…………まぁ、幼馴染ということもあり、俺は茜の言うことなら大抵のことを信じるだろう。ウソを吐かれるなんて考えていない。茜は俺との仲をただの腐れ縁だと思っているかもしれないが、少なくとも、俺は茜に信頼感を覚えていて、最後まで隣に残ってくれた異性の友達が茜でよかったとも、実は思っている」

「ふぇ!? どうしたの急に!? 素直な弥代なんてなんかキモイ!」


「それは認めざるを得ない事実だからスルーするとして……さっきも言っただろ? 茜は恋愛的な意味で俺を好いているわけではない。この前提がある以上、もう嘆く理由がわからないんだよ」

「ふぁぁぁぁ……、メチャクチャ上げてから落とされた……」


 なんて表情かおしているんだ、こいつ……。

 魂なんてオカルト的なモノは信じていないけど、口から意識が出てきそうな感じだ……。


「茜ちゃん?」

「……なに、理央?」


「道のりは険しいけど頑張ってね?」

「弥代くんってなんて言うか……うん。もう共感能力ゼロだよね」


 絶望を隠せない茜の肩に、理央はポンポンと、まるで慰めるように手を置いた。

 で、星宮は同情しているような目で茜を見ている。


 あれ? 現状把握できないのって俺だけ?

 頼むから誰か言葉にしてくれ。人間はテレパシーなんて使えないんだ。伝えたいことがあるなら物理的に考えて、喋るか文字にするかしないと伝わらないのに……。


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