3章4話 星宮奈々は一刻も早くパンツをはきたい。(2)
「約束した日、星宮が自分で口にしたことだけど――〈屈折のデザイア〉は被害者の欲求や欲望や願望を屈折した形状で反映したモノだ。だとしたら何がデザイアかは不明だが、星宮がノーパンであること自体、屈折しているとはいえ星宮のデザイアを満たしていることになる」
「ふむふむぅ……」
「恐らく、正確には『ノーパンであることの次の段階』が星宮のデザイアだと考えられるが……それは置いといて、姉さん曰く〈屈折のデザイア〉からいい意味で解放される方法は――たった一つ」
「それって……」
「――願望とは別の方法で願望を果たした時と同じ結果を与える。これが唯一の解決策」
奇妙な感覚に襲われる。ここは学食で、俺たちの周りでは生徒や教師が賑やかに騒がしく、そして楽しげに喋りながら昼食をとっている。なのに、まるで俺と星宮だけがこの空間から隔絶されたように、周りの喧騒がどこか遠くに聞こえた。
「で、星宮に聞きたい。自分の願望――つまりデザイアに心当たりは?」
「う~ん……無意識の願望でしょ? 無意識なんだからさすがにちょっと……」
「やっぱり簡単にはいかないか……」
「でもさ? 願望が屈折した結果、私がノーパンになるんだよね?」
「ん? まあ、そうだろうな」
「だとしたら、私の願望ってノーパンの状態だとまがいなりにも満たされるの?」
「断定はできないが、その可能性は十分にある」
「だったら私って変態じゃん!?」
嗚呼、ついに星宮は気付いていけないことに気付いてしまった。あえて俺がその表現から避けて喋っていたのに……。けど、普通いつかは自覚するよな?
自分の本質に気付いた星宮は、両手を伸ばしてテーブルに突っ伏す。
「正直なことを言っていいか?」
「……なにかなぁ~?」
「学年一の美少女で、頭脳明晰で、運動神経抜群で、学級委員長」
「…………」
「しかし心の奥底ではノーパンであることを望んでいる淫乱ッ娘」
「…………」
「これってエロゲのヒロインみたいじゃね?」
「女の子に向かってエロゲのヒロインみたいとか、全然褒めてないよ!?」
激怒の力によって星宮は復活する。プンプン――と擬音が聞こえてきそうなほど不機嫌な様子で、残っていたAランチ定食を頬張る。彼女のいじけている姿はなんとなく、初めてのデートでオシャレしたのに、彼氏から褒めてもらえない彼女を彷彿させた。
「話が脱線したな……改めて、星宮自身のデザイアに心当たりは?」
「ノーパンが関係する私の願望かぁ……逆に聞くけど、弥代くんから見て何かありそう?」
「セクハラ覚悟で物申すなら、ノーパンって言ったら欲求不満じゃないのか?」
「セクハラ覚悟で言ったんだから通報されても文句ないよね?」
「ノーパン娘がセクハラで通報するとか……どっちが最初にセクハラしたか考えてくれよ」
「は、反論できない!」
最終的に星宮は俺のセクハラじみた発言を許してくれた。でもぶっちゃけ、ノーパンで叶えられる願望って、本当に真面目に、欲求不満の解消ぐらいだろ。
一応、星宮自身もそれを理解しているからこそ、彼女も真正面からは否定しないのだ。
「ネットで検索してみる? ノーパン・願望って」
俺の返事を聞かず、星宮は制服のポケットからスマホを取り出し、なにやら操作を開始する。ちなみに俺は昨日家で同じことをしたので……結果は言わずもがな。
「……はうっ」
検索し終えた星宮は、顔を真っ赤にして自分のスマホを俺に寄越した。一応、俺も確認すると、スマホの画面には検索結果で18禁のサイトが一覧されていた。あれだ……食事中に見るものではないな。
にしても星宮の反応は中々に初心だった。
スマホを星宮に返すと、星宮は履歴を削除してからポケットにしまう。そして赤面しながらチビチビと食事を再開。対して俺の方は、もうカレーうどんを全部食べてしまった。
俺は独り言のように、しかし星宮に聞こえるように言う。
「やはり検証が必要だな」
「検証って……私のノーパンについて?」
「ああ――願望とは別の方法で願望を果たした時と同じ結果を与える。これを目標に頑張るとなると、どうしても星宮のデザイアがなんなのかを明確にしておく必要があるから、ゆえに検証が必要だろう」
「むぅ、検証ってそっちのほうか……。私はどこからどこまでの衣類が弾け飛ぶのかを確かめるのかと思ったよ」
「ん? どういうことだ?」
「えっとね? 例えば普通のパンツはダメ。スパッツもダメ。けれども水着はセーフ。ストッキングもセーフ……とかとか。自分の着られるものぐらいは正確に把握したほうがいいと思って」
「水着とストッキングはセーフなのか……」
「ううん。まだ試したことがないから、単なる例えだよ」
と、ここで星宮は昼食を食べ終えた。が、そのわりには空腹がまぎれて満足しているようには見受けられない。恐らくは、こんな理不尽な現状に改めて嫌気が差したのだろう。
けれども星宮は次の瞬間に、決心した顔つきでバ――ッ、と頭を上げる。
「話は変わるけど――弥代くんはウジウジ悩む女の子ってどう思うかな?」
「爆死すればいいと思う。お悩み相談(失笑)でつまらないことでネチネチとグチ垂れやがった挙句、結局は現状をどうにかしたいということよりも、同情を誘いたかっただけの女なんてイヤというほど中学校で観察してきた」
「……ということは、さっぱりした女の子のほうが弥代君的に好感を持てるの?」
「絶対的には嫌いだが、相対的にウジウジ系女子よりは好感が持てるな」
女が「ちょっと悩んでてぇ……相談があるんだけどぉ~」と話しかけてきた時は注意が必要だ。あいつらはアドバイスを求めているのではなく、男から同情を惹いて『悲劇のお姫様』を演じたいだけなのだから。
対処法としては「同情を惹きたいなら、腕の一本ぐらい骨折してからにしろ」と一言告げてやると「何それ! サイテーっ! アタシの悩みに興味ないんだ!?」とかほざいて勝手に諦めてくれる。ねぇから、最初から女子の悩みに興味ねぇから。逆になんであると思った? 興味のないことを延々と聞かされる男子の身にもなってみやがれ。
女子という生き物は男と一緒にいる時、そいつに『楽しい会話』を求めるくせ、自分が話す時はまるで男子にとって『楽しい会話』をしてくれない。その最もたる例がお悩み相談だ。
「じゃあ、自分の悩みに真剣で、その悩みが深刻なもので、なおかつ同情ではなく悩みに対する対処法を求めている女子がいたら――弥代くんはどうする?」
「それならこっちも真面目に付き合ってやるよ。ま、そんな女子そうそういないけどな」
笑い飛ばす俺。
すると星宮はにや……っと口角をつり上げ、何か企んでいるように目を怪しく光らせ、悪人のようにニタニタするではないか。で、星宮は次のように言う。
「弥代くんに二言はないよね?」
OK……ここに、目の前にいたじゃん、そんな女子。
俺のラブコメヒロインはパンツがはけない。~俺の論理的リアル女子嫌いが結果的に美少女たちの悩みを解決していた件について~ 佐倉唄 @sakura_uta_0702
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