2章2話 朝原茜は星宮奈々に負けたくない。(2)



「ひ、秘密の関係ですっ!」


 ……それは考えうる限り最悪の返事だろ。

 ほら、野郎どもがまた一斉に俺に詰め寄ってきたし。


「及川ッ! 秘密の関係って言葉を濁しているだけで、本当は付き合ってるんだろ!?」

「委員長は恋人同士と恥ずかしくて言えないから、秘密の関係って言ったんだ!」


「っていうか、秘密の関係の中身が恋仲以外にあるならビックリだ」

「もう貴様を生かしておくわけにはいかない――ッ!」


 ソフトテニス部の安達が俺の胸倉を掴んできた。

 怖ぇよ……。安達の他にも、ジャスト10人の男子が俺を囲んでチンピラの如くガンを飛ばしてきているし。なにこれ、すごく怖い。


「委員長なんかに……絶対敗けないっ」

「は、はい!?」


 急に、茜がよくわからないことを言い始めた。

 よくわからない因縁を付けられて、星宮はビクっ! と全身をこわばらせている。


 まるでライオンに喰われる直前のウサギだな。

 当然、ライオンが茜で、ウサギが星宮である。


「委員長には、絶っっっ対に! 弥代を渡さないから!」

「落ち着け、茜! 俺は星宮のモノでも、お前のモノでもない! 強いてこの中で一番俺の好感度が高い人を選ぶとしても、それは理央以外ありえない!」


「弥代の話をしているのは事実だけど弥代は少し黙っていて!」

「なんでさ!?」


 茜は星宮に向かって威嚇するように、恨みがましそうに唸っていた。

 一方でその対象である星宮はわけもわからずオロオロしていたが……この光景、当事者じゃなかったら面白かっただろうな。


「えっと……朝原さんは弥代くんのことが好きなのかな?」


 …………ホントに、面白かっただろうな。

 当事者でさえなければ。


「へ、へへへ、変なこと訊かないでよ!? あ、あたしは別に弥代のことなんか好きじゃないし! ただ、幼馴染を遠くに感じるのが嫌なだけ! こんなんでも弥代とは親友として続いているんだし、性別関係なく親友と疎遠になったら寂しいでしょ!」


 星宮と話すようになったのは事実だけど、平日は毎日同じ教室で勉強するのに、どうやって疎遠になるんだよ……。


「まぁ、でも、ならよかった」

「……むっ、なにが?」

「もし朝原さんが弥代くんと恋人同士だったら、弥代くんと同じ班になるのは流石に控えるし」


 ん……はい? 星宮は今、なんて言った? 同じ班になる? 

 混乱しているのは俺だけではなく、理央も茜も、他の連中も同じみたいだけど……。


「実は先生に頼んで文化祭の班、弥代くんと同じにしてもらったんだよね」


 改めて、安達が俺の胸倉をさらに強く掴む。

 だが、流石に振り払って拘束を解いて、星宮に近付き、耳打ちし合うように小声で説明を求める。


(おい、どういうことだ? 俺と星宮が一緒の班になるって……)

(えっとね……こっちの方がお互いに安心できるでしょ? 相手が、秘密を誰かに漏らしていないか、って。それに――)


(それに?)

(もしもわたしの秘密がバレそうになっても、弥代くんに助けてもらえるかな~、って)


 星宮は情けなさそうに「えへへ……」と、表情をはにかんだ。

 客観的に考えても、かなり可愛いな。純真無垢で陽だまりのような笑顔。人懐っこさを感じさせて、同時に親しみやすさもある。少し幼さを残した、無邪気な笑顔だった。問題なのはこんな可愛らしい顔で爆弾発言ばかりすることだ。


「なに2人で内緒話してんの!? あたしを無視するな!」

「弥代はボクよりも委員長の方がいいの……?」


 茜が怒り、理央が落ち込む。まだ1時間目すら始まっていないのに、なんだろう、この疲労感は……。

 いや、疲労感なんて感覚的なことより、より問題は星宮だ。どんな話し合いがあったのかは知らないけど、先生に許可をもらったってことはもう覆せないだろう……。


「理央、本当に悪いと思っている。星宮は俺たちの班に入ることとなった……」

「ちょっとあたしのことはどうでもいいの!?」


「いや、茜にも本当に悪いと思っている。割と気楽な班だったんだが……」

「むっ……謝るなら、許すけど」


 ハァ、なぜこうなる……?

 全ては星宮のノーパンが悪いのに……ん?


 待て。そうだ!

 ノーパンと言えば奇跡的に星宮のノーパン、つまり〈屈折のデザイア〉が直っていたりはしないのか!? 寝たら直ってました~みたいな? 今日はまだ確認していない!


 星宮をチラ見すると、彼女はスマホを眺めていて――、


「あ、もうそろそろチャイム鳴るよ」


 ――と、そう言った3秒後には実際にチャイムが鳴った。

 この出来事を「また及川がうるさい」とか、「奈々ちゃんは優しすぎ」とか、そう言いながら傍観していた女子も含めて、クラスの生徒全員が文化祭の準備に取り掛かり始めた。


 準備に取り掛かる男子の中には、未だに納得していないやヤツもいたが……まぁ、文化祭の準備と言えども授業の一環だ。いつまでもふざけていたらそのうち来そうな先生に怒られるわけで、流石に四散していく。

 そんな中、俺は星宮に今日のスカートの中身を確認した。


(星宮)

(んっ、なに、弥代くん?)


(一応確認するんだけど……今日もやっぱりノーパンなのか?)

「ほぇ――っ!?」


 流石に、質問の内容に驚いたのだろう。

 星宮はつんのめってしまい、前のめりに転んでしまう直前で体勢を立て直すも……背後には俺がいた。


 背後から話しかけたのは失敗だった。 

 半ば星宮に背中からぶつかられるような感じだったため、俺は彼女を受け止めきれずに転んでしまう。


 結果的に俺まで転び、星宮は俺の身体の上で尻餅を付いている。

 最悪な体勢だ。これはアレだろ。背面騎乗位とか背面座位の中間だろ……。


「ごめんなさい! 弥代くん、大丈夫かな!?」

「あぁ、だいじょう……ぶ?」


 なんとなく、感触でわかった。

 感じるのは布ではなく、肌の暖かさ。


 ズボン越しだとしても、生地と生地が擦れるような感じが全くしない。

 星宮……っ、やっぱり今日もノーパンなのか!


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