2章1話 朝原茜は星宮奈々に負けたくない。(1)
「及川は死ねェェェエエエエエエ!」
「裏切り者め……っ! 女子嫌いを自称しておきながら結局女子と仲良くなりやがって……っ!」
「しかもなんでよりにもよって星宮なんだよ!? マジでどんな手使いやがった……っ!」
「委員長も委員長で、なんで及川なんて選んだんだ!!! このクラスで一番女子を不幸にする男子だろぉぉぉ……」
同じクラスの男子の大半を占める嘆きが校舎に響く。
今は朝のHR前の時間だったのだが……いつも通り登校して教室に入ると、すでに教室にした男子が一斉に俺に詰め寄ってきた。
流石に殴られたり蹴られたりはされていないけど、なんていうか朝から疲れる。
これもある種の暴力だろ……。
「いやいや、まぁ待て! なんとなく理由は察するけど、ここまで大袈裟に騒ぐようなことか!?」
瞬間、また男子の怒りが増幅したことに気付く。
しまった。これはどうも対応を間違えたようだ。
「騒ぐようなことか、だと? お前、あんな美少女と付き合っている幸せ者のくせにそんなことを訊くのか!?」
「それともアレか? 幸せだからこそそれに気付かないのか!?」
「委員長がカノジョになってくれるなんて! なんて羨ましい……ッッ!」
「星宮にカレシができても悲しいだけで不思議じゃないし……、及川にカノジョができても、結局及川も男子かですませるけど……、よりによって、なんでこの組み合わせなんだよぉぉぉ……」
は……? 俺と星宮が付き合っている?
昨日、はたから見たら仲良くなった感じのことをしたのは事実だけど、なんか評判が悪化していないか?
っていうか、それがウソなのは俺と星宮が知っているとして、なんでそのウソがここまで広がっているんだ。
つーか、その噂を流したのは誰だ!?
「理央! 茜! 頼む、説明してくれ!」
俺より早く登校していた2人に説明を求める。
ちなみに、2人は窓際で俺の公開処刑を眺めていたので、なんとか脱出してそこまで辿り着く。
「なんかね、ボクも朝来て初めて知ったけど、学校中で弥代と委員長が付き合っているって噂が広がっているらしいよ。みんなもそれを信じてるんでしょ?」
理央の確認に男子が揃って頷く。
なんてこった……。恋人関係が噂になっているだけではなく、それが学校中に広がっている? そんなの、もう否定してもしきれないだろ……。
「ちなみにみんな、どこでその噂を知ったんだ?」
「俺はグループチャットで」
「俺はSNSで」
「拡散怖っ!」
あくまで俺の推測だが、昨日こいつらを解散させる時、星宮が俺を名前で呼んだことを誰かが発信したのか?
しかも実際、俺と星宮の組み合わせは確かに目立つからな。片やこの学校で一番女子を嫌っていて、一番女子に嫌われている非モテ男子。片やこの学校で一番可愛いらしいみんなの憧れの女子。そんな俺たちを特別な仲だと勘違いした生徒がそれを発信。結果、そういう発信源が1人でもいれば、ねずみ算式に増えていくわけか。
「ちなみに、そのメッセなりツイートにはなんて書いてあった?」
「少なくとも俺が見たのは、委員長が及川のことを名前で呼んだ、ってツイート」
「違くね? 俺は委員長が及川を呼び出して告白したって」
「俺は委員長と及川が公園の近くを2人きりで仲睦まじく歩いていたって」
あぁ、そっか……。
名前のこともそうだが、星宮は白昼堂々教室で俺のことを、いかにも告白の呼び出しのように呼び出したんだったな。つーか、俺たちが2人で歩いているところを誰かに目撃されていたのか。マジで危ない。
「ねぇ……弥代?」
「っ、あっ、はい、なに……茜?」
「あんた昨日、委員長には告白されてないし、してもいないって言ったよね? あたしにウソ吐いたの……?」
茜がメチャクチャ悔しそうで、不満げな
とはいえ、これに関して言えば茜が正しい。俺は当然ウソなんて吐いていないけど、茜の立場だと、もうそうとは認識できないだろう。涙を流すほどだとは少し考えづらいが……。
「それは本当だ! 信じてくれ!」
「…………じゃあ信じるけど、ズルい言い方」
おかしい。言葉通りなら信じてくれたはずなのに、なんか納得できていませんって言わんばかりの表情をしている。怪訝そうなジト目で、未だに俺のことをジ~っと睨んできている。
周囲は散々好き勝手に、修羅場だの、浮気男だの、女子嫌いの女遊びだのと囁いて……待て。最後の矛盾してないか?
「理央も信じてくれるよな?」
「……これは叙述トリックじゃないかな?」
「……どういうこと?」
「昨日は確かに告白しなかったのかもしれない」
「流石理央! 冷静に判断してくれたか!」
「でも、告白の返事をしたっていうなら辻褄が合うよね?」
「いやいやいやいや! それもないから! 普段メチャクチャ女子のことを悪く言っているのに、告白されたら頷くとかチョロすぎるだろ! それじゃあ、言っていることとやっていることが矛盾してしまう!」
「ふんっ、弥代のバカ……、いつもボクとならずっと一緒にいたいって言っているくせに……」
まずい! 理央を悲しませてしまった!
でも、拗ねている理央も可愛いな。花の蕾みたいに可憐な薄桃色の唇を尖らせて。プニプニ頬を小さく膨らませて。間違いなく男子のはずなのにアイドルになれそうなほど可愛いって、なんでだよ。
「ってことは、弥代は委員長に告白の返事をしたの!?」
「何度も言うようでかなりしつこいが、本当にそれもしていない!」
「信じられるか、裏切り者め!」
「やはり委員長が来たら直接そっちに訊こう」
だったら最初から俺に訊くなよ……。
あと、誰とも信頼関係を築けていなかったのは理解しているけど、質問する以上は望まぬ答えでも受け入れてくれよ……。
「おはよう~」
ここで教室に入ってきたのは噂のど真ん中、騒ぎの渦中にいる人物、星宮奈々委員長である! とてものんびりとした穏やかな挨拶をしながらの登場だが……タイミング、悪すぎないか?
「委員長! 昨日、及川となにを喋っていたんですか!?」
「え!? それは……秘密ですっ」
卓球部の佐々木が撃沈する。確かに、星宮はウソなんて吐いていない。
話したことが秘密なのではなく、秘密について話したのだ。いや、内容が内容だから、話したことも秘密にしたいが。
「星宮、なんか聞いたんだけど、2人は連絡先を交換しているって噂があって……」
「あっ、それは本当だよ」
サッカー部の安藤が膝から崩れ落ちた。
星宮、空気を読んでウソを吐くのは、日本人必須のスキルだぞ? 個人的な感情としてはウソなんて嫌いだが、現実的に考えて、1回もウソを吐かない人生なんてありえない。
というわけで……今はウソを吐いてくれよ。
みんな、星宮の言うことなら全部信じると思うぞ。
「委員長! 及川のことをどう思っていますか!? メチャクチャ性格悪いですよね!?」
「なぁ、俺、そろそろ席にカバンぐらい置いてもいいよな? 性格が悪いのは事実だけど、そんな望む結果が出るまでガチャするような会話はもうやめようぜ」
パソコン部の千葉の質問に、星宮は人差し指を唇に当てて少し悩む素振りを見せた。
が、割とすぐに答えを考え終えたらしく――、
「その……弥代くんはいい人だよ? 少なくともわたしはみんなが思っているより、弥代くんのことを誠実だと思った。良くも悪くもだけど、わたしに対して思ったことを全て言ってくれるし。約束もちゃんと守ってくれるし。それに――」
ふと、星宮が俺の方を向いてきた。
そして、なぜか「えへへ」と、少し顔を赤らめて照れくさそうに微笑んだ。まぁ、女子の立場だと、不本意なノーパン生活にいやらしい目線を送らない、っていうのは、恐らく大きめな加点対象なのかもしれない。
「クソが――ッ! 2人だけの世界を作ってんじゃねぇよ!」
「なんでわけありげに微笑むんですか!? 相手は及川ですよ!?」
これは逆に、アレか?
星宮が思わせぶりなことばかり言いまくった結果、みんな疲労困憊で、もうこの話はしないようにしよう! って流れもありか?
いや、けど……そんな中でも決して倒れそうにない猛者が2人いるからな。
理央と茜のことだけど。
「委員長は弥代と付き合っているの!? 正直に答えて!」
「ほえっ!? わ、わたしと弥代君が、つ、つつ、付き合っている!?」
茜、駆け引き苦手すぎだろ!
否定されればそれで会話終了じゃん。
一方で、星宮は星宮で1秒とかからずに顔を真っ赤にしているし……。
両手を頬に当てて恥ずかしがっている。そして一瞬俺の方を見て、視線が合うと慌てて俯いた。なんていうか初々しくて、初めて恋をした乙女みたいな反応だけど……そんな反応、俺なんかにしても後悔するだけだぞ。
「ち、違うよ! 本当に! わたしと弥代くんは……そ、そのぉ、恋人同士じゃない、から」
「じゃあ、どういう関係なの?」
次は理央のターンらしい。
星宮は少し考えてから、理央の問いに答えた。
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