1章12話 及川弥生は明かさない。(2)
「別に選択肢は二つだけじゃないよ?」
「マジで? じゃあ他にはなにが……?」
「確かになにも行動を起こさず〈屈折のデザイア〉に抗わなければ、選択肢は2つだけ。でも、抗うんだったら選択肢はもう1つだけ増える」
これはもしかしたら……。
ひょっとしたら、星宮を救えるかもしれない……のか?
「もう1つの選択肢は――形式的には願望を叶えずに、本質的には願望を果たした時と同じ結果を与える。これなら実質願いも叶うし〈屈折のデザイア〉の影響は受けない。どうよ?」
やたら自信満々で姉さんはドヤ顔を披露するが……確かにスジは通っている、のか?
それでふと、俺の口元が意図せず緩んだ。それを自覚して抑えようにも、少し気持ちが浮かれて中々抑えきれない。
「東大の例に当てはめるなら、なんのために進学するのかにもよるけど、東大に合格する以外の形で、合格して得ようとしたモノと同じモノに辿り着く、って感じか。東大じゃなくてハーバードに合格するとか」
「そうなるね~」
「……ちなみに、姉さんは俺のクラスメイトの願望って、推測できるか?」
ちょっぴり他力本願で、加えて楽観的かもしれないけど、一応姉さんに尋ねてみることにする。
けど、当たり前だが姉さんは呆れた様子で首を横に振った。
「わかるわけないよ。私はそのクラスメイトのことをなにも知らないんだし。むしろ、まだ弥代の方が推測に使える情報を持っているんじゃない?」
と、ここで一度、姉さんはあくびをかみ殺す。
睡魔が襲ってきたのだろうか?
「暇だからもう少し話に付き合うけど、そのノーパンクラスメイトのこと、弥代はどう思っているの? 好き? 嫌い?」
「……なんでそんなことを訊くんだ?」
「弥代が女子のことを話すなんて珍しいから。ひょっとしたら明日は隕石でも空から降ってくるんじゃないかなぁ……なんて」
「そこは素直に雨にしておこうぜ!」
姉さんに突っ込みを入れるけど……そう、だな。
俺は星宮のことをどう思っているんだろう……。
完璧な委員長。全校生徒の憧れである美少女。そしてノーパン娘。もしくは淫乱娘。
だけど、それはあくまでも全部表面的なことだ。中身に、性格に関して言えば――、
「――顔見知りとして普通に接することができる女子。女子の中ではまともな部類。そんな感じだな」
「えっ、そうなの? 意外」
「そうか?」
「うん。弥代の場合、女子嫌いもあるけれど、それを差し引いても、そんな性犯罪の香りが漂う人を高評価するのは予想外だった」
確かに美少女高校生がノーパンというのは、性犯罪の香りが漂っている気がしないでもない……。
「危険には変わりないけれども……仮に内心でメチャクチャ俺のことを嫌っていたとしても、個人的な感情と今回の話し合いを完全に切り離して物事を進めてくれるのはありがたかった。とは認識してる。それに実際、喋ってみても純粋でおどろきの白さだし」
「その子のことを純真無垢と評価しているのはわかったけど、その表現はやめようよ。その女の子が洗濯機で洗われたみたいだから」
確かに……姉さんの言うとおりか。
「……ねぇ、弥代? もう1つ訊いていい?」
「なんだよ、改まって……」
ふと、姉さんは視線を落とした。
なんだか哀愁が漂っているようなアンニュイな雰囲気をかもしながら――いや、たぶん違うな。一見、物憂げな感じだけど、姉さんはわずかに、俺に対して希望を持っているような感じがした。それを隠すために視線を落としたのか……。
「なんで、弥代はそのクラスメイトのことを〈屈折のデザイア〉から救おうと思ったの?」
やっぱり、姉さんは俺に希望を持っている。そして誤解をしている。
俺の女子嫌いは恐らく一生直らない。理由は単純明快で、直しても労力に見合うメリットがないと俺自身が考えているからだ。だから希望なんて持たなくていいのに……。
星宮のことを救おうと思ったのは、姉さんが思い描いているような理由じゃない。
トラウマを植えつけられた俺が、女子を信じるなんてありえない。そして、信じない、許さないというのは俺の自由だ。
「……俺とその女子は実質、今日初めて接点を持ったんだ。俺が偶然にもそいつのノーパンを目撃してしまうという形で」
「…………それで?」
「そいつにはノーパンのことを誰にも言わないって約束している。だから姉さんにも名前を教えられないんだが――とにかく、俺とそのクラスメイトとの繋がりはその約束だけなんだ」
「つまり、その約束、繋がりをあとから取り消すには――」
「――〈屈折のデザイア〉から解放させて、あいつがパンツをはけるようになれば、それで全てが元通りだ」
簡単なことだ。
姉さんが言うように、俺と星宮を繋ぐモノは例の約束だけ。当の約束の内容は星宮のノーパンを誰にもバラさないというモノ。ならば星宮がノーパンで過ごしているという前提を覆せば、約束は無効になる。すると連鎖的に俺と星宮の接点はなくなる。
だから結果的に、俺は星宮を救おうと考え始めた、
前提が破綻すれば、バラしようにも、バラすべき事実がなくなるのだから、
「……そ、っか」
姉さんはそう言葉をこぼしながら落胆する。
対して俺は傷跡を庇うために、左腕で右腕を抱いた。
「傷跡、気にしてるの?」
「…………」
家族と理央と茜以外には言わない、星宮ではなく俺の秘密。
小学校の頃のイジメで、俺が不登校になった決定的な事件があった。つまりは俺が校舎の2階から女子に突き落とされた事件のことだ。
不幸中の幸いで、右手を骨折したが命に別状はなく――しかし、あれ以降俺は不登校になり、以前から嫌いだった女子を決定的に嫌うようになった。
まぁ、男性でも身体の傷を気にする人はいるだろうが、少なくとも俺は女子のように、身体の傷を過剰に気にしたりはしない。ただ、あの突き落とされる際の浮遊感だけ、未だに拭いきれていないだけだ、
「あいつには悪いが――俺はあいつの友達になる気はない」
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