1章11話 及川弥生は明かさない。(1)



「姉さん、少しいいか?」


 時と場所は移って、今は午後8時半近くで、俺は自宅のリビングのソファーにいた。

 晩御飯を食べ終えて、風呂の順番を待っていたのだが……ちょうどいい。カーペットの上にゴロゴロしているだけだし、暇そうにしているうちに姉さんに訊きたいことを訊いておこう。


「なに~? お姉ちゃんは今すごく退屈しているから、特別に付き合ってあげよう」

「……都市伝説の話で、〈屈折のデザイア〉ってあったと思うんだけど…………」


 訊くと、姉さんはガバッ、と、割と勢い良く身を起こした。

 で、いわゆる女の子座りをして、近くにあった足の低いテーブルに頬杖を立てる。


 自分が好きな話題っていうのも一因だと思うけど、妙に喰い付きがいいな……。

 好奇心旺盛なネコみたいな目で、面白そうに口元を緩めているし……。


「いいよ~、具体的にはなにについて知りたいの?」

「大まかな概要はネットで調べた。けど、1つだけ分からないことがあって……」


「と、言いますと?」

「――仮に、本当に都市伝説の被害者がいたとして、〈屈折のデザイア〉から解放される方法って、あるのか?」


「ある」


 それはもう、姉さんは端的に断言した。

 まぁ、姉さんの答えを聞いて、俺はなんとなくホッとしたが……それは断じて星宮のためではない。絶対にない。これは自分のための質問なんだ、


「前に教えた……ていうか、一方的にだけど話しちゃったことあるよね? 〈屈折のデザイア〉は当事者の願望、デザイアを屈折した方法や形状で叶えてくれる、って。なら、そのまま当事者のデザイアを叶えてあげればいい。そうすれば当然の理屈として、〈屈折のデザイア〉の効果は消滅するか弱くなる」


 つまり星宮のノーパン現象を食い止めるには、あいつのデザイアを叶えてあげる必要がある、ということか……。

 だがしかし、〈屈折のデザイア〉は被害者の無意識を反映させるモノ……らしい。で、無意識が反映されるとしたら、星宮自身も自分のデザイアを知らないんじゃなかろうか……。


「なになに? 弥代の友達の誰かが〈屈折のデザイア〉に囚われちゃったの?」


 軽い雰囲気で姉さんは聞いてくるけど、別に友達ではない。

 今日初めて話したただのクラスメイトだ。


「…………さて……」


 どうしたものか。俺の知識だけでは当然、星宮を〈屈折のデザイア〉から救うことは難しい。頼りにできるのは、民間伝承の中でもマニアックな、都市伝説を専攻している姉さんだけ。

 だが、星宮との約束で秘密をばらすわけにもいかない。たとえ星宮と姉さんに接点がなくても世間は狭いのだ。どこで誰が繋がっているなんて把握できない。


 う~~む……。

 実名を出さない形で話を進めるか。


「俺のクラスメイトに女子でノーパンのヤツがいるんだが……」

「その子が〈屈折のデザイア〉の罹患者?」


 頷くと、姉さんは「ふぅん……」と少し不満げに納得してから俺は続ける。

 まぁ、姉さんは当然女性だし、そういう話を聞いてドキドキするわけもなく、シンプルに嫌悪感があるのかもな。


「自分でもこんな話をするなんて非論理的で、頭おかしいって自覚あるけど……」

「あぁ、大丈夫、だいじょ~ぶ。全部、信じるから」


 それはそれでなんか問題あるだろ……。


「……さっき公園で見せてもらったんだけど、無理にパンツをはこうとすると、パンツが弾け飛ぶんだ。爆発したみたいに。で、そのクラスメイト曰く、超常現象は超常現象でしか説明できない、だって」


「超常現象が起きたから〈屈折のデザイア〉の罹患者って断定したの?」

「少なくとも、その子と俺はそう結論付けた。真実はわからないけど」


 少しうつむいて、姉さんは考える素振りを見せる。

 で、伝えたいことをまとめ終えたのだろう。姉さんは口を開く。


「察していると思うけど、〈屈折のデザイア〉から解放されるためには問題があるの。まず1つ、当事者のデザイアが誰にも分からないこと。無論、当事者の無意識な願望を反映させているから本人にも分からない。自分の無意識を知ることなんて不可能だからね」


「他には?」


「2つ目に〈屈折のデザイア〉で叶えられた願望は、その名の通り屈折している」


 すると姉さんは1つのたとえ話をし始めた。


「たとえば誰かが『東大に合格したい』ってデザイアを持っていたとする。このデザイアの真っ当な叶え方は当然、一生懸命勉強して、合格に相応しい学力を付ける、しかないよね?」

「まぁ、そうだな」


「この人が〈屈折のデザイア〉を患い願望が屈折した形で叶えられるとなると……『他の合格者が死んで自分が繰り上がり合格できた』とか。『採点する人が間違えて外した答えにマルして合格できた』とか。これはもちろんたとえ話だけど、ニュアンスは伝わったでしょ? 形ばかりで中身が伴っていない終わり方をするわけ」

「……あぁ」


 ネットで調べてみて分かったことだが、どうも〈屈折のデザイア〉は願いを叶えるやり方が極端で強引なのだ。

 当事者のデザイアだけを唯一の目的とし、それ以外の全て、社会的な地位だったり、当事者の意思だったり、願いを叶えた後の被害だったり、そういうモノさえ一切考慮してくれない。


 ネットの情報を鵜呑みにするのは軽率だけど、そもそも〈屈折のデザイア〉は都市伝説だからな。

 割とネットぐらいにしか情報がないのが嘆かわしい。


 まぁ、とはいえ、逆を言ってしまえば、極端で強引なやり方だが、一応は願いを叶えてくれているわけだが……だからこそややこしい。

 要するに、こういうことなのだろう。


「〈屈折のデザイア〉を我慢したまま生きていくのか。願いを果たしたとしても望んでいない結末を迎えて生きていくのか。この二者択一か」


 姉さんが言った東大の例に当てはめるならば、一生東大に受かることができずに生きていくのか。それとも合格はできるが、しかし罪悪感を抱いて生きていくのか。という感じだろうか。

 だが、そこで姉さんは――、


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