1章8話 俺と星宮奈々は誰にも言わない。(2)



「正解。ある程度なら俺も許せたが、ネタ明かしが最悪だったんだ。次の日の昼休みに、給食時の全校放送で、告白時に録音された音声を流されたんだ。締めくくりでMの友達が『Mが及川と付き合うわけがないよ! だってキモイもん!』って言って、その次に『ドッキリ大成功だね』って大爆笑。で、次の日からどうなったと思う?」


「えっ? Mちゃんとその友達が怒られたんじゃないの?」

「まぁ、確かに一応、みんな先生に怒られた。でも、それで終わらなかった」


「えっ……?」

「なるべく一般的に結論を出そうとするなら、判断能力が未熟な小学生に、及川弥代はからかえるという前例を作ったこと。あと、先生がみんなの前に俺を立たせて、及川が可哀想だろ! みんなで及川に謝れ! なんて怒ったことが原因だろうな」


「……続いたの?」

「卒業までな。俺が被害者のはずなのに、及川なんかに告白されてMちゃんが可哀想! って、女子は俺をバッシング。勝ち負けの問題じゃないけど、男子は女子に負けたという理由で俺を言葉でからかうか、実際に殴るか。ちなみに当のMはそれ以降、一切俺と関わらなかった」


 星宮は黙ってしまう。

 確かにこんな昔話、本人以外からしたら、気まずさの爆弾だ。笑うか黙るかのどっちかに決まっている。


「それと、全校放送だったから生徒全員が知ることになった。で、そこからは泥沼。被害妄想だがすれ違う全員が俺を笑っているような錯覚に陥って、小学校の頃は不登校だった」


「朝原さんと、遠野くんは……?」

「学区を無視できる私立の幼稚園で友達になっただけで、小学校は別々なんだ。まぁ、親同士の付き合いもあって土日や長期休暇には遊べていたし、不登校になってからは、かなり精神的に救われたよ」


 さて。

 俺の昔話はここで終了だ。


「勝手に自分語りを始めたのは俺だ。だから、星宮が気にすることじゃない。それに、俺はお前の知られたくないことを知ってしまったから、罪滅ぼしのつもりで話したんだ」

「……どういうこと?」


「俺が女子から嫌われているのは知っている。俺が女子を嫌っているから当然だ」

「それは、えっと……、うん……」


「つまり信頼なんてモノは微塵もない。となれば口でどう言おうと、結局俺が星宮の秘密をバラすかも知れないだろ? だから、そん時は俺の過去をバラせばいい。流石にノーパンに吊り合う黒歴史はないけど、お互いがお互いを牽制できる状態になっておく、ってこと」

「…………」


 なぜか星宮は俯いた黙ってしまう。

 今、彼女がなにを思っているかなんて、俺の知るところではない。誰であろうと他人の心はわからない。みんな、わかっているつもりになっているだけだから当然だ。


 ただ……少なくとも横顔を見る限り、悲しそうにも、悔しそうにも、寂しそうにも受け止められた。

 …………いや、解釈なんて人によるからな。どれだけ考えても正解なんてわからない問題なんて気にしないで、早く帰るか。


「心配しなくても以上の理由を根拠にして、約束は守る。じゃあ、またあし――」


 立ち上がって帰ろうとすると、背後から、立ち上がる際に出る服の擦れた音がした。

 そして――俺は次の瞬間、背後から抱きしめられる。


 この状況でこんなことできるのは星宮しかいない。他に誰もいないんだから。

 でも……なぜ俺は抱きしめられたんだ!? ウソ偽りなく学校で一番可愛いはずの美少女に!?


「……星宮!? お前、なにしてんの!?」

「確かに及川くんは女子のみんなからメチャクチャ嫌われている! ゴメンだけど、それはわたしにも否定できない!」


「えっ? そりゃ、そうだろ……」

「でも! とても不器用で、すごく遠回りで、メチャクチャ捻くれている性格だなぁとは思ったけど! わたし個人は理屈なんて関係なく、及川くんを信じられると思った!」


「…………正気か?」

「もちろん! それで、これはその証明!」


 実際、茜には攻撃されて触れ合うことはある。

 だが、それは冗談交じりのお遊びだ。


 だから、本当に生まれて初めてかもしれない。身内以外の女子に冗談抜きで抱きしめられたのなんて。

 暖かい。背後から俺の首に回されている腕から甘い匂いがする。背中に押し付けられた2つの熱源はとにもかくにもやわらかい。


 否応なしに俺の鼓動は速くなる。

 いや、だがしかし……っっ!


「やめろ、星宮! 好きでもない男にこういうことするな!」

「わわっ!」


 流石に悪いとは思うけど、力任せに振りほどかせてもらう。


「っていうか、よりによって俺に抱き着くな! 俺の普段の言動を知っているだろ? 悪口だけじゃない。俺が平気で女子を襲うようなクズだったらとか、考えていないのか?」

「でも、実際には、ほら。及川くんは勘違いして、わたしを抱きしめ返したりなんてしなかった」


「…………頭が痛い。結果的にはそうだけど、理屈を飛ばし過ぎだ」

「だから、まぁ、今のは及川くんを信じますよって証明なわけですし」


「身体を張りすぎだろ……。俺に言われてもウザイだけかもしれないが、もう少し自分を大切にした方がいい」

「いやぁ、急にはこれしか思い付かなかったから。でも、ね?」


「なんだ?」

「やっぱり悲しい時は抱きしめられると落ち着かない!?」


 逆だよ、逆! むしろドキドキして全然落ち着けないんだが!? 

 でも……これはあれか? 星宮は星宮なりに俺のことを慰めてくれたのか? だとしたら……、


「全然落ち着かない。でも……慰めてくれて、ありがと」


 優しくされたら礼をする。そんなのは当然の人間関係のルールだ。俺は感情的になりやすい女子が嫌いだが、だからこそ、ここを曲げることはない。

 当然と言えば当然だが、ウソ偽りなく親切にされたら相手が嫌いな人間だろうと礼ぐらい言えるさ。


 というわけで、精一杯の勇気を振り絞って感謝の言葉を紡いだ。そういえば、家族以外の女性にお礼を言うなんて、ひょっとしたら小学校以来かもしれない。

 こそばゆい感覚が広がって、自分でも赤面してくるのがよくわかる。にしても星宮よ。なにか反応してくれ……。


「ん、なにか言った? ダメだよ、話す時は相手に聞こえるように話さないと♪」


 この難聴が……ァァァアアアアア!!!

 なんて、俺が心の中で絶叫していると、星宮は一歩、俺との距離をステップするように詰めた。彼女は今、朗らかで、見ているこっちが照れてしまうような笑みを浮かべている。


「えっと……及川くんは私の秘密を、私は及川くんの過去を、絶対に誰にもバラさない。これで約束完了だねっ」


 声を弾ませて、星宮は淑やかに微笑む。その表情は澄み切っていて、心がそのまま顔に表れているように感じた。

 なんなんだよ、この女……? もちろん傾向的にの話ではあるが、女子なんて高確率で感情的で、今回みたいな場合でも、全ての責任を俺に押し付けて逆切れしてもおかしくないような存在のはずだろ?


 それなのに、なんで自分のことを差し置いてまで、俺のことを慰めるんだよ……。

 女子がノーパン強制生活なんて絶対に苦痛なはずだし、俺の女子からの好感度は0のはずなのに……。


「星宮さ?」

「なにかな?」


 口にしようとした言葉――お前は俺を責めないのか? こんなことは聞いても無駄だ。現に星宮は俺のことを責めるどころか慰めてくれたのだから。

 質問を自己完結させて、俺は怪しまれないように取り繕う。


「……いや、なんでもない。気のせいだった」

「うん? そう?」


 と、ここで突如制服のポケットに入れておいたスマホが振動した。星宮に断って取り出して、画面を確認する。

 そこには朝原茜と表示されていた。このあとの展開が簡単に予想で着て非常にメンドくさかったが、返信しない方が面倒なことになるので確認する。


『弥代! 今どこにいるの!?』

『10月の外の風は寒いんだよ? 30分も待ち続けているあたし達を哀れだと思ったら今すぐ返信よこせーっ!』


 あいつ、なにやってんだ?

 あたし達、という文面から察するにクラスメイト全員で待ち続けていたり、校内を探し回ったりしているんだろうな。


「星宮、もう遅いし帰ろうぜ?」

「うんっ、そうだね。あ――っ、そうだ、及川くんにもう1つ、お願いがあるんだけど」


 秋の夜に浮かぶ月は綺麗だった。幻想的で、淡くて、儚くて。そんな月夜の下、モミジが涼しげな秋風に揺らされる。俺たち以外誰もいない公園では何一つ音はしない。

 静けさが心地いい、そんな世界で星宮は鈴が転がるように可憐な声で――、


「君のこと、弥代くんって呼んでもいいかな?」


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