1章7話 俺と星宮奈々は誰にも言わない。(1)



「――制限時間、たったの5分」


 星宮のパンツはズタズタに切り刻まれて、風に乗ってどこかに行ってしまったため片付けるのは不可能だった。

 片付けを諦めた俺たちは再びベンチに座ってお喋りを続ける。


「それはパンツを穿いていられる時間か?」


 チラリと横を確認すると、星宮は頷く。彼女の表情にウソを吐いているような胡散臭さは微塵もない。

 むしろ彼女自身、自分の言ったことがウソであることを望んでいるようにすら受け止められる表情だった。


「正直、バカらしいと思ったよね?」

「ぶっちゃけ、実際に見なかったら絶対に信じてなかったし、それ以上に星宮の頭を心配することになっていたと断言できる」


 不意に、俺たち2人は同時にため息を吐く。

 いや、だってなぁ……パンツが弾け飛ぶなんて突拍子がないことを見せられても。なに? パンツに爆薬でも仕込んでんの?


「……で、さっきの現象に心当たりとかはあるのか?」


 俺が問う。この質問に星宮が答えられるか否かで、だいぶ状況が変わってくるだろう。

 少しして、本当に小さな声で、油断したら聞き逃してしまいそうな声で、星宮は呟く。


「及川くんは、さぁ? 〈屈折のデザイア〉って知ってる?」

「…………俺には姉さんがいるんだが」


「えっ? う、うん」

「専攻動機は知らんけど、姉さんが大学で民俗学――具体的には民族伝承を専攻していてな。名前と概要ぐらいなら、姉さんから聞いたことがある。ネット掲示板とかで話題になった都市伝説だろ?」


「…………〈屈折のデザイア〉は自分の中のデザイア、つまり欲求や願望を屈折した方法、あるいは結果で叶えてくれる都市伝説のこと……。私は、ね……その都市伝説の被害者、かもしれない」

「一応訊くけど、都市伝説なんて正気か? まるで論理的じゃない」


「パンツをはいたら5分で弾け飛ぶ。この現象を論理的に説明できるなら、わたしだって考えを改めるよ」

「…………悪い、星宮。そう言われたら、確かに星宮の言うとおりだ。俺の方が正しくなかった。でも、口ぶりからして、確定ではないんだな?」


 姉さんから聞いた話だと、〈屈折のデザイア〉の被害に証拠はない。

 自分が〈屈折のデザイア〉の被害に遭っただなんて、物理的証拠や科学的見解は役に立たないゆえに、状況で判断するしかない、とのことだ。


 まぁ、星宮の言い分はこの仮説においては正しいのかもしれない。

 パンツが弾け飛ぶなんてアホらしい超常現象は、同じく突拍子もない超常現象でしか説明できないし。


「うん……確定ではない、かな。証拠があるわけでもないし、どこの病院でも取り扱ってないし。でも、とんでもなく現実離れした言い方になるけど、超常現象は超常現象でしか説明できないと思う」


 ふと、星宮が座ったまま、上半身を捻って俺の方を向いてきた。


「お願いっ! これをわたしと及川くん、2人だけの秘密にして?」


 瞳は潤んでいて、肩は震えている。そして顔はバラされるかもという怖さと、羞恥心で真っ赤だ。

 けど、それでも、星宮は真摯に俺のことを正面から見つめてきた。


 頷いても断っても、俺には利益も不利益もない。

 だったら、頷いて星宮を安心させる方が、たぶん正解だ。


「わ、わかったよ……約束する。これは2人だけの秘密だ」

「ホントに!? ありがと! 及川くん!」


 俺が頷くと星宮はパァ――っと、とても嬉しそうで花のような笑顔を咲かせる。

 客観的に見てそう判断したんじゃない。その純真無垢な安堵の笑顔に、俺は不覚にも、本当に不覚にも、正直可愛い、なんて思ってしまった。


「まぁ、さっきも言ったが、脅したら犯罪だし、バラしても信じてもらえないからな。だから……アレだ」

「アレって?」


「俺のことなんて当然、信頼できないはずだ。けど、そのロジックを理由に、安心してくれ」

「クスッ、及川くんって、不器用なだけだったんだね」


 もう空の半分は夜に変わっていて、月も夜空の彼方に浮かんでいる。公園の街灯が光を灯し、秋の夜風が身に染みた。

 そんな世界の中心で、星宮は可憐に微笑んでいる。きっと、この約束は、秘密は、この関係にどんな結末が用意されていたとしても、忘れることはできないだろう。


「そういえば、さ?」

「まだ何かあるのか?」


「ノーパンのことじゃないけど聞きたいことがあって。及川くんが同性愛者って噂、本当?」

「誰から聞いた、そんな噂をオオオオオ――ッ!?」


 思わず叫んでしまう。

 ついさっき学校で理央と茜にも説明したばっかりだが、俺は同性愛者じゃない! 断じて違う! 絶対に違う!


「で、どうなの?」

「違う! 俺は女子と男子、どっちと一緒にいたいかと聞かれたら男子と答えるだけで、男子と付き合いたいとは思わない! 同性愛を否定するわけじゃないが、押し付けられても困る! あ、理央は別な?」


「遠野くんは別なんだ……。じゃあなんで女子とは一緒にいたくないの?」

「……トラウマなんだよ、女子が。昔ひどいことをされて、それで」


「それって、聞いてもいいこと?」

「…………」


 少しは迷うな。

 2年生になってから数回しか話したことがない、実質今日初めて関わり合いを持った相手に話してもいいことなのか?


 いや、まぁ、いいや。

 俺は星宮の秘密を知ってしまった。なら、俺も秘密を告白したらおあいこだな。


「小学校の頃……女子に好きな人を聞かれたんだ。で、素直にMちゃんと答えたんだよ。それで次の日、なんとMに告白されたんだ。他人を疑うことを知らなかった当時の俺は喜んで、これからよろしくね、なんて笑って言ったよ。ここまで言えば、大体予想が付くだろ?」

「う、うん……イタズラ、だったんだよね?」


 恐る恐る星宮は答える。まるで遠慮するように。

 俺としてはもう過去の出来事だから、Mのことを引きずる気はない。いや、メチャクチャ引きずっているけど過去は変えられないし、それを教材と認識することで、今は女子嫌いとしてやっていけているんだ。


 だから、星宮も気にしなくていいのに……。


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