1章5話 星宮奈々は女子嫌い男子を嫌いになれない。(2)



 俺は至極当然の疑問を星宮にぶつける。

 が、すると星宮はそれを拒絶した。


「そ、その、言うの恥ずかしいんだけど……」


「言っておくが俺は巻き込まれた側の人間で、星宮の方が巻き込んだ側の人間なんだ。事情くらい説明してくれてもいいんじゃないか? そうでないと、俺はいつまでもクラスメイトのことを美人局つつもたせだと疑って登校しなければならない。それは流石に神経が疲れる」


「う~~~~っ」


 いじけるように星宮が唸る。

 だが自分が『巻き込んだ側の人間』ということを思い出したのだろう。


 星宮は覚悟を決めて、スッ――とベンチから立ち上がる。

 今の星宮の表情からは羞恥心を乗り越えた決意が窺えて、そして彼女は俺に言う。


「わ、わかった、じゃあ見せてあげる。わたしがノーパンの理由を」


 それはまるで一世一代の告白のように、だがしかし、ロマンチックさのカケラもなく、鼓動がバクバクしているのが俺にまで伝わってきそうなほど最上級な緊張を含ませて、星宮はそう宣言する。


「ちょっと待っててね? 必要なものを取りに行ってくるから」

「え……? あ、ちょっ……」


 半分以上一方的に星宮は話を終わらせると、俺が何かを口にする前に小走りでどこかへ行ってしまった。


 しかし、変だな……。

 星宮は今、見せてあげると、そう言った。しかし普通は聞かせてあげるとか、教えてあげるとか、そういう感じではないのか? それに必要なものもあるらしいし……。


 胸の内でざわつく疑問について考えていると、あっという間に時間が過ぎる。


 星宮が戻ってきたのは約10分後のことだった。

 右手にはコンビニのレジ袋を持っており、左手を小さく前後に動かし、小走りで俺が待っていたベンチまで戻ってくる。


 そして――、


「一応、茂みまできてくれる?」

「……わかった」


 一連のやり取りを星宮の友達に録画されて、もし俺がなにかに騙されたら笑いモノ、なんて展開は簡単に想像できるからな。

 星宮がどこかへ行っていた間に、その茂みになにもなく、誰もいないことは確認済みだった。


「今ここにはコンビニで買ったパンツがあります!」


 コンビニのレジ袋から、星宮は白く無地のパンツが詰められている袋を取り出す。

 袋を破き、レジ袋ともども自分の通学バッグに入れて、彼女の手に残ったのはパンツだけだった。


「及川くんは、さ? 女の子のこと、あまり信用できないんだよね?」

「そうだな。恐らく今からパンツをはくんだろうが、俺が後ろを向いている間にポケットに隠すかもしれない、程度の疑惑は残っている」


「……及川くん以外、誰もいないよね?」

「少なくとも俺が見回した限りいないし、俺まで変態扱いされるのはメンドくさい。結局は自分のためだが、流石にパンツをはいている間の警戒は約束する」


「今からはくけど……及川くんだからこそ、わたしに興奮なんて、しないよね?」

「……ウソを吐くのは嫌いだから正直に言うが、ドキドキする可能性は否定できない。ただ、俺はまだ星宮を疑っているからな。保身が理由だけど恋愛的なことを勘違いなんてしないし、襲うなんて非論理的なこともするわけがない」


「うぅ……、ホントのホントに、及川くんだからこそ、特別なんだからね?」


 そう言うと星宮は諦めて俺の視界の真ん中でパンツをはこうとする。

 まず星宮はパンツを両手で広げて足元に持っていった。続いて片足を浮かせてパンツの穴に入れると、もう片方の足もパンツの穴に入れる。


 で、星宮は小さく震える両手でパンツを上昇させた。

 さらにパンツを上昇させる際にははきやすいように少し前屈みになって、スカートのおしりの方を若干めくる。


 その時、俺は星宮の太ももからおしりにかけてのラインを見てしまう。

 脚は本当にスラリと滑らかに細長くて、だがしかし、確かにやわらかそうで、俺というか男子の脚とは全然違った。


 おしりは緩やかな曲線を描いていて、小さくプニっと膨らんでいる。

 まぁ、これじゃ、はいている演技をしてどこかに隠す、ということは不可能だろう。


「お、及川くん? はき終えた、よ?」

「見ればわかる」


 弱々しく星宮ははき終えたことを報告する。頬は乙女色に染まっていて、瞳を潤ませて上目遣いでモジモジしていた。

 笑えば可愛くて澄ませば美しくて恥じる姿はかなり可憐。普通の男子なら守ってあげたいという衝動に駆られること間違いなしのいじらしさだった。


「で、なにが起こるんだ? ていうか、普通にパンツはけているじゃん」


「これから起こるの。悪いんだけど、ちょっとだけ待っていてもらえないかな?」


「……わかった。事情の説明を求めたのは他ならぬ俺だしな」


 意図が不明だが、星宮はこちらの要求にキチンと答えてくれようとしている。

 なら、少しぐらい突拍子がなくても待つべきだろう。


 で――、

 まずは1分が経った。


「そういえば、星宮のノーパンって他に誰か知ってる人いんの?」

「ううん、及川くんが初めての人だよ?」


「意味は通じたけど誤解を招きそうな言葉のチョイスはやめてくれ!」

「ほぇ?」


 どうやら星宮は素で今の発言をしたらしい。

 次に3分が経つ。


「わたしも及川くんに聞きたいんだけど、普通、男の子は目の前にノーパンの女の子がいたら……、その……い、いやらしいこと、したいって……思わないの、かな?」

「普通の男子ならな。でも俺は女子嫌いだし」


「そっかぁ……。喜べばいいのか、自信をなくせばいいのか」

「ちなみに俺は今この時でも、星宮が新手の美人局じゃないかって疑っている」


「あっ、そうそう。美人局ってどういう意味? 聞いたことはあるんだけど……」

「……ざっくり言うとハニートラップ」


「えぇ……」


 ようやく4分が経ちそうで、ここまでくると星宮に若干の変化が表れる。


「で、いつまで待てばいいんだ?」

「はぁ、ん……あっ、ん…………あと、い、1分ぐらい、かな……っん」


 明らかに星宮の様子がおかしかった。

 とても切なそうに内股になって太ももをモジモジさせて、全身が敏感になったかのように身をよじらせている。


 顔は羞恥心とはまた別の理由――ウソ偽りなく淫らな悦楽に溺れているように赤らんでおり、熱っぽい吐息を漏らし、頬を火照らせて、瞳を艶めかしくトロン……と潤ませている。

 正直、非常に扇情的な表情をしていた。悪い意味でというか、女子高校生が公園の茂みでしてはダメという意味で。


「お、おい? 大丈夫か? 前言撤回する。マジでこんな具合悪くなるなら今すぐ……」

「う、うぅん、平気……。具合、悪いわけじゃないの……。ただ、あっ……ぅんっ……もう少しで、イキそうで……」


 いや、いくら俺でもこれには困惑を隠せない。

 演技にはどこからどう見ても思えないが、だからこそ逆に不安だ。


 女子の性的に魅力のある甘美な姿に、俺は心配になってなにかを言おうとするも、結局はなにも言うことができず、ただ混乱が胸中に渦巻くだけだった。

 一応、いつでも救急車を呼べる準備だけしておこう。


 そう判断してポケットのスマホを取り出そうとした、ちょうどその時だった。

 パパン――ッッ! という破裂音が響いたのは。


「きゃ……っ!」


 軽快で乾いた破裂音が公園に木霊す。誕生日パーティーとかで打ち上げるクラッカーのように軽快で連続的な破裂音だった。

 が、超常現象はそれで終わらない。


 次になぜか星宮のスカートは内側に突風が発生してめくれ上がる。

 星宮が立っていたせいで、内側に発生した突風により、めくれるスカートの中身がまたもやあらわになってしまった。


「頭、痛ぇ……っ」


 だが、それと同時に俺も不可解な現象に襲われる。視界がモノクロに変化して、一瞬だけ上下が反転。

 徐々に景色の輪郭がぼやけてくるし、更には飛行機に乗った時のように、気圧の変化かなにかで鼓膜が圧迫されたみたいに、キィン――ッッと耳鳴りがする。


 そして――、

 破裂音が止むと――、


「なん……だと……っ!?」


 刹那、俺の不可思議な感覚はなくなり、視界と耳が正常に戻る。

 だがそれと同時に星宮が穿いていたパンツが弾け飛んだ。


 白い無地のパンツがズタズタに、まるでカマイタチにでも切り裂かれたかのように、すでに刻まれていたのだろう。

 それが今、スカートの内側に発生した突風に乗って、秋風に踊るモミジの如く公園にヒラヒラと舞い始める。


 その結果言わずもがな、またもや星宮のノーパン姿が俺の視界の真正面に映ってしまった。


 白くて瑞々しいふにふにのおなか。

 きゅ――っと滑らかにくびれている腰のライン。


 そのラインに続き慎ましやかに膨らんだやわらかそうなおしり。

 なにより、女子嫌いの俺でも、思わず注目してしまう乙女の花園が今、目の前に広がっている。


「~~~~~~っ!」


 赤面する星宮。

 彼女は突風が収まるとスカートの裾を両手で引っ張って、最終的には地面にへたり込む。


 ウルウルと目じりに大粒の涙を浮かべていて、表情かおには『ここまで恥ずかしい思いをさせたんだから責任とってよぉ!』と書いてあるような気さえした。


「……星宮」

「……うん?」

「これが……理由なのか?」


 すると星宮は悲しそうな顔をして、我慢して、我慢して、だが最終的には我慢できなくなって――、

 そして――


「やっぱり恥ずかしかったよ~~~~っ!」


 ――子どものように泣いてしまった。

 いや、流石にこれは俺でもなにも言えないな。


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