1章4話 星宮奈々は女子嫌い男子を嫌いになれない。(1)
時は放課後。
場所は教室から移って体育館裏……ではなく、学校の近くの公園だった。
いくら俺でも、別に星宮のことを無視したわけではない。
下駄箱に手紙が入れられていて、ここに来いと指定されたのだ。
「ゴメンね? わざわざ呼び出しちゃって……、しかも場所まで変えて……」
「いや、呼び出した理由も場所を変えた理由もなんとなくわかるから、それについては気にしなくていい」
「まぁ、そう、だよね。あんなふうに呼び出しちゃったら、野次馬もできちゃうよね。でね……えっと、うん、まずはきてくれて、ありがと」
「……どういたしまして」
公園の木々は紅葉していて秋の訪れを実感させる。落ちている物も、風に吹かれている物も、葉っぱは紅から朱色から黄色まで、数え切れないほど秋の色をしていた。
西の空には夕日が沈んでいて、あたり一面をノスタルジックな茜色に染め上げている。
立っているだけで吹き抜ける北風に肌寒さを覚えて、そろそろ制服の上から羽織る上着の必要性を考えずにはいられない。
そんな秋という季節を実感させる風景の中で、星宮奈々は一人静かに、俺のことを待っていた。
「今頃、クラスの一部のヤツらは体育館裏の茂みで待ち構えているはずだ。話があるなら、今のうちにこっちで終わらせよう」
「う、うん……、ここだって、絶対に見付からないわけじゃないもんね」
「あぁ、それで、話って?」
促すと、星宮は所在なさげに身体をもじもじさせて、頬を紅潮させた。
そして顔を俯かせて、非常にもどかしそうにしている。恥ずかしくて切り出せないけど、切り出さないわけにもいかない。それで焦りが生まれる。そんな雰囲気だ。
「きょ、今日の六時間目の準備時間に、私とぶつかったよね?」
「階段の踊り場でな」
「その時、私のスカートの中……見ちゃった、よね?」
「不本意ながら」
すると星宮はよりいっそう、羞恥で顔を赤らめた。それこそ今の季節で喩えるならばモミジのように。
よく観察すると体は確かに震えていて、目尻には薄っすらと涙を溜めている。
「一応確認するけれど…………なにが見えた?」
「――っ、それは……」
いやいやいやいや! いくらなんでも言えるわけがない!
女子嫌いでも女子に対する恥ずかしさはあるんだよ! もっと言うなら、ここで本当のことを言うのは流石に可哀想という感情さえ、少しは生まれてきているんだよ!
いや、しかし、それでもこれは星宮にとっては重要なことのはずだ。これを知っているか否かで、だいぶ話が変わってくるのだと想像に難くない。
というより、促したのは俺なんだ。いろいろ返事を考えているわけだが……今度は俺の方が、いつまでもだんまりというわけにはいかないだろう。
しかし、次の瞬間のことだった。
またもや涼しげな強風が吹き抜けたのは!
「キャ――――ッッ!」
その結果、俺は再び見てしまった。
そして今度こそ、見間違いではなかったと脳がそれをハッキリと記憶した。
星宮のスカートの中、彼女の真正面にいた俺にはそれが丸見えだった。
滑らかな曲線を描くように、細くくびれた女の子らしい腰。痩せているはずなのに、見ただけでやわらかいと断言できる白いおなか。
そして、まぁ、うん、女の子の花の楽園。
俺がそれを見た次の瞬間、星宮は両手でスカートの裾を勢い良く引っ張った。
しかし――、
「……あ~、星宮」
「……ぅ、なに、かなぁ?」
「……景色とは、即ち光だ」
「えっ? あっ、はい」
「光は1秒間に地球7周半の距離を突き進む」
「うん。……えっ、ぅん? まぁ、習ったよね、授業で」
「というわけで、見てしまうより隠す方が早いというのは論理的に考えてありえない。俺は怒られたくないし、星宮も忘れたいはずだ。お互い、このことは気にしないようにしよう」
「そんな慰め方ってあり!?」
「……しかしながら、これで確認する必要はなくなったな。階段で見ていても、見ていなくても、間違いなく今見ちゃったし」
「うぅ~~……」
当たり前だが星宮は相当恥ずかしいようだ。両手で覆って、とにかく顔を見られないように必死になっている。
さて……この状況で、俺はなにをどうしたものか。
「ま、っ、まず! 最初に言っておくべきことがあるが、安心しろ! このことは絶対に誰にも言わない!」
「ホントに……? 及川くんは、バラさないでくれるの?」
ぐいっ――と、一気に近付いて、星宮は俺を真正面から見据える。下から覗き込むようにジト目で睨む。
顔が、唇がもう少しで触れ合いそうな距離だ。そんな近さで睨まれたら女子嫌いの俺でもドキドキしてしまう。
「当然だ!」
「そっ、か。よかった。及川くん、意外に優しいところも――」
「いや、待て、そういう話ではない」
「ほぇ?」
「よく考えてみろ。バラしても変態扱いされるのは俺だぞ?」
「えぇ……」
こいつはなにに困惑しているんだ?
自らの安全に論理的な根拠があるなら、普通は安心するだろう。
「……エッチなこと、脅したりしないの?」
「するわけないだろ。寝言は寝て言え」
「理由は?」
「犯罪だから以外に理由が必要か?」
なんで女子を襲って今後の自分の全てを犠牲にしなくちゃならないんだ。
「それに、だ」
「あっ、はい」
「女子に縁がない男子に、文字通り降ってきたようにノーパン娘が現れたんだ。良く言えば物語みたいで、悪く言えば出来過ぎている」
「まぁ、確かにね……」
「俺が星宮を脅したとして、それを録音されたら、俺の方が脅し返されるだろう?」
「あ、ありがたいけど、すごく複雑……」
とりあえず、いつまでも立ちっぱなしというのも疲れる。
俺たちは落ち着いて話すために、近くのベンチに座ることにした。
が、座った俺と星宮の間には、なんとも言えない微妙なスペースができてしまった。
別に密着すべきと言う気はないが、友達と電車に乗ったのに、1つ飛ばしで座った時のような気まずさが強い。
「――言っておくけど、ノーパンが今日だけの偶然ではなく、いつもやっていることだったら直した方がいいぞ。ぶつかったのが俺じゃなかったら、それこそバラされてしまう可能性もあった」
「そうしたいのは山々なんだけど……。ちょっと理由があって……」
「女の子がノーパンになる理由なんて、俺には思春期のいかがわしいエネルギーの発散ぐらいしか思いつかんがな」
「及川くん……、今の、相手によってはセクハラで訴えられるから、気を付けた方がいいよ……?」
「先に公然わいせつ罪の加害者になった星宮には言われたくないな」
やはり気まずい沈黙が流れる。
俺の星宮に対する印象が完璧な委員長から、淫乱なノーパン娘にレベルアップした。いや、むしろレベルダウンだな。
「ちなみに、いつから癖になったんだ?」
「癖……ではないんだよね。でも『いつから』というなら3日前からかな」
まるで嘆いているように星宮は呟いた。
ここまでくれば察するが、恐らく自分の意思でノーパンというわけじゃないのだろう。
哀愁が漂う今の彼女の姿は……原因が一般的にどれほど笑ってしまうようなモノであれ、確かに孤独そうに俺の目には映った。
実際、本人からしたらとても深刻な問題だということは想像に難くない。
どこからどう考えても誰にも理解されない。
いや、根本的に、どんなに親しい友達だろうと、秘密を明かすことが恥ずかしくてできない。
俺は他人の気持ちとやらを推し量ることが苦手だが、いくらなんでもパンツがはけないという悩みはインパクトが強すぎる。
流石にここまでくれば、なんとなく女子、星宮の気持ちも理解できた。
「ハァ……まず真っ先に浮かぶ疑問として、なんでノーパンなんだ?」
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