1章3話 俺はノーパン美少女にもなびかない。(3)



「あと、よく告白もされるらしいよ? 噂だと1年生の時だけで30人超えてるって。弥代にはわからない感覚かもしれないけど、男子にとって理想の女の子って言ったら、委員長みたいな子のことを言うんじゃないかな?」

「なるほど」


 そんな完璧超人がノーパンで校舎を徘徊ねぇ。にわかには信じられない。

 星宮のことはよく知らないが、かなり評判がいい、ってことはわかった。


 でも、本当にそんな女子がノーパンで歩き回ったりするのか? 誰かにバレたら、評判を落とすどころの騒ぎじゃないぞ。

 あるいは逆か? 誰にも言っていないだけで、内心、相当なストレスを抱えているのか?


「……なに? あの弥代でも、委員長にはなびいちゃうわけ?」

「違う。ちょっと気になることがあってな……」

「やっぱり気になってんじゃん!」


 断じて違う。

 なんでもかんでも恋愛方向に話を持っていって、本人が否定しても『照れなくてもいいのに~』と知ったふうな口を利く。そして最終的には『応援するね』とか言い始めて、人の話に聞く耳を持たない。


 少なくとも俺としてはよく見る女子の傾向だが、なんて超次元な自己完結なんだ。

 しかも完全に否定したらしたで、空気を壊したとかいうマイナス評価を下されるオマケ付き……。


「でも……そんなんじゃ誰からもモテないんじゃない? 少しは取り繕ったら?」

「俺は恋愛なんかしたくない。だから少なくとも、それを理由に性根を取り繕う必要もない」


「恋愛、しないんじゃなくて、しようと思ってもできないの間違いでしょ」

「断言するが間違いじゃない。根拠は明快で、そもそも、意識的にしないことと実際にできないことは両立可能だろ」


「それはそうだけど……」

「それに、仮になにかを取り繕った男子が女子と付き合ったとして、そのなにかを、いつまで取り繕えばいいんだよ」


「……それには答えられないけど、もしかしたら、幻滅されるかもよ?」

「幻が滅すると書いて幻滅だ。その言葉を使う相手はきっと、最初から現実の自分を求めていたわけじゃない」


「地味に反論のセンスがオシャレなのがムカつくわね」

「あと、男女逆パターンだと、なんで私のことを理解してくれないの!? なんて言われる傾向が強いらしいからな。やはり取り繕う必要はないはずだ」


「はぁ~、あのねぇ、なんで良くも悪くも頭の回転早いのに、他人の気持ちがわからないのよ」

「他人の気持ちなんて誰にもわからないぞ。みんな今までの記憶をひっくり返して目安を付けて、経験を積むことでその精度を高めているだけだ。俺がステレオタイプで女子の悪口を言っているのと、プロセスはなにも変わらない」


「ステレオタイプなのは認めるんだ?」

「あぁ、だが、そういう出来事が全国的に多くなければ、そもそもステレオタイプにはならないはずだからな」


「うわ、こいつウザイ」

「……茜の場合、困ったことに、流石にウザイと思う理由が明確だから、俺にも反論できないんだよなぁ」


 その瞬間、俺も茜も互いに深い溜息を吐いた。

 俺はもちろん口が悪いし、茜も割と平気でウザイとかムカつくとか言うが……それでも遠慮なく相手になんでも言える関係が続いているのは本当に奇跡的だ。


 まず間違いなく縁を切られるとしたら俺の方だ。

 流石に茜は(縁を切られるとしたらあたしの方よね)とは考えていないだろう。


 と、ここで教室、2年1組に戻ってきた。俺と茜はダンボールで両手がふさがっているので、理央が扉を開けてくれる。

 そしてそのまま理央が最初に教室に入って、次に茜、最後に俺が帰還する。


「ただいま帰還しました~」


 教室はやはり文化祭の準備期間ということもあって散らかっていた。

 手作りの看板には『占いの館』と書かれていて、机には誰かが持ってきたタロットカードが置かれている。床には水晶が転がっていて、教室の隅では女子が運気上昇のシルバーアクセサリを作成していた。


「あっ、ちょうど良かった! 及川くんに用があるの!」


 そして教室の中央で打ち合わせらしきことをしていた集団の中から、1人の女子が出てくる。

 ヤバイ……、果てしなくイヤな予感がする……。


「な、なんだ星宮っ?」


 動揺しているのがバレバレなのは、もう仕方がない。

 話しかけてきたのはノーパンの疑いがある星宮奈々だったんだ。


 で、星宮が俺に話しかけた瞬間、周囲が急に静かになる。

 正確には会話のボリュームが小さくなって、内緒話が横行している感じだ。


 しかし性格はまだわからないが、確かに、改めて見ると星宮はかなりの美少女だった。

 パッチリ二重で凛としていて、星空のように視線が吸い込まれそうな瞳。艶やかな薄桃色で彩られた小さ目の唇。肌は白くて、顔はとても端正だ。


 いくらリアルの女子が嫌いだろうと、星宮の可愛さは本当に女優になれそうなレベルと認めざるを得ないほどである。

 いや、嫌いだからって誰の目から見ても明らかな事実を否定したら、俺の女子嫌いの軸がブレるから、そんなことはしないけど……。


「えっ……と、あのね? 大事な話があるんだけど……」


 とはいえ、この時点ですでにイヤな予感がメーターを振り切っている。

 さっきのノーパン娘衝突事件、この直後というのがヤバイ。話しかけてくるにしても、普通はもう少し躊躇うだろ。


 星宮は空気を読むのが上手い、なんて茜は言っていたが……これはアレか?

 意図的に、自爆覚悟でこういう環境を作って、俺の逃げ道を塞ぐ気か?


「なにしたんだ、及川のヤツ……?」

「散々女子の悪口言っているのに、委員長に話しかけてもらえるなんて……っっ」


「及川が羨ましい、委員長に話しかけてもらえて」

「委員長は優しいな~。誰にでも平等で」


 ギャラリーが好き勝手なことを言っているが、我慢するんだ。

 話しかけられてしまった以上、星宮に付き合った方が結果的に早く解放されるだろう。


「ここでは言えない話か?」

「うん、ここではちょっとね……」


 すると星宮は深呼吸して、自らを落ち着かせた。形の整った胸が上下に動く。

 それで覚悟を決めたのだろう。彼女はクラスメイトの前で、誰もが見ている教室で、あろうことかまるで愛の告白のように俺に言った。


「今日の放課後、体育館裏で待っているからっ!」


 それだけ言い残すと、星宮は教室から去ってしまった。星宮め! 友達からなにか言われる前に、自分だけ逃げたのか!?

 一応周囲のリアクションを見回してみるが……理央は目を丸くして、両手で口を塞いで驚いていて、茜はとにかく不機嫌そうに俺のことを睨んでいる。


 流石になにか弁明しなければマズイ。そう考えて俺が2人になにか言おうとすると――、

 ――そのタイミングで、クラスメイト、主に男子が一斉に質問攻めをし始めた。


「テメェ、及川アアアアアア――ッッ! なんで星宮から呼び出されているんだァァァアアアアア!? いったいどんなやり方で仲良くなったァァァアアアアア!?」

「普段女子を悪く言っているヤツがなんでモテんだ!? 万死に値する!」


「委員長が及川に告白なんて、そんなの許せない! こいつかなり女子の悪口言うじゃん!」

「まだ告白って決まったわけじゃないだろ! でも及川は死ねェェェエエエエエ!」


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