第3話 突然の退部届

この学校の合唱部には夏の大会のような大きな目標は無い。各々が町内会などのイベントに参加していく。もちろん文化祭などはある意味の引退の基準にはなっているが。


梅雨のじめじめとした空気が私の周りを包み込んでいる。いつもの練習場所に向かう足が重いのは湿度のせいだけではないだろう。


手に持っているのは舞ちゃんの出した退部届。


なんで私に渡すのだろう…。


そりゃ制度上は副部長に渡すのは間違っていない。いつも私と練習していたのだから私に渡すのは当然と言えば当然だが退部届のそのままの意味で渡したのではないだろう。


私に退部を止めて欲しいのかも。


とりあえず退部届を貰った後に予定を入れておいた。もう空き教室には来ているだろうか。

空き教室の中には既に元気がない状態の舞ちゃんが待っていた。外を見ると雨がポツリ。


「お待たせ、舞ちゃん」


私に気が付いたのか顔をあげて作った笑顔を出してくる。


「それで、退部の件だけど理由を教えて貰っていいかな?」


私は理由なんて退部に要らないと思う人間だ。部活は好きな人が行えば良いし、退部するものが辞めたいと思えばそれに勝てる理由なんて無いと思う。


しかし、舞ちゃんは何か辞めたくないけど辞めるという矛盾した気持ちを持っているように思える。


「この前の町内会のイベントです。私だけへたっぴだったじゃないですか…それでちょっとつらくて」


舞ちゃんと一緒に二人で出たこの前のイベント。歌い終わった後に司会の人の総評で舞ちゃんはこれからに期待の出来る一年生ですねと評された。


しかし、これは三年生の私と一年生の舞ちゃんが一緒に出たのだから恥ずかしい話ではない。


「舞ちゃんはまだ練習して日が浅いし、それに初めてでしょ。気にする必要は無いよ」


舞ちゃんは視線を左右に動かしてモゴモゴと口を動かす。じっと舞ちゃんの言葉を待つ。


「私がいちばんつらかったのは先輩の評価まで落とした気がしたからです…」


意外なところに重要なポイントはあったみたいだ。私の評価といっても町内会のイベントごときで変わるものなのだろうか。


結局、その日は舞ちゃんを説得して退部届は引っ込ませた。理由が私じゃなくて舞ちゃん自身にある問題なら阻止もしなかっただろうが私の評価を下げた責任で辞められては勿体ない。


帰り道のコンビニで舞ちゃんにソーダ味のアイスを買ってあげる。その時の笑顔を見る限りもう大丈夫のようだ。



・ ・ ・



簡単な合唱部の仕事を第二音楽室で進めていると朋美ちゃんが入ってくる。私と違ってひとりじゃくて複数の後輩と仲良くなっている。


「あーもう、文化祭の合唱部の活動の件で忙しくなってきた」


扇風機の前で涼んでいる部長は汗を滴らせている。合唱部員としては珍しいこと。


「お疲れ、部長が優秀だと副部長は安心です」


あえて嫌味なことを言ってみたりする。


「お、何言ってんの~副部長の葵が真面目でいてくれるから私が本業に専念出来るんだよ、それに舞ちゃんにだいぶ好かれているって聞いてるよ」


誰から聞いたのだろう。恥ずかしい気持ちもするが事実なので否定も出来ない。私のために退部届まで書いてしまう後輩の舞ちゃんは後輩の中でも一番先輩思いかもしれない。


私は部長と副部長はどっちも部活を引っ張っていくのが仕事だと思っていたけど副部長は私みたいに引っ張って行けない人間でも良いのかもしれない。


 

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