第36話 「終わりから始まる物語」

あの日、花音が連れているこの子犬ココアに取り込まれて以来というもの俺達は何という長き道のりを歩いて来たのであろうか?


結さんは俺達と一緒に体験した事実は到底、他人に説明したとて理解して貰えるレベルの話ではないことであるからこの平和が訪れた理由は世間の勝手な推測に任せることを提案し俺達も結さんの考えに賛同した。


俺はこの街を救った英雄になる為に邪悪な神である奴と戦ったのではなく、隣りで子犬と戯れながら歩いている花音という大切な人を守る為に戦って来たのだ!

彼女の明るい笑顔がこうして戻ったのであるから俺がやって来たことは全て報われたことになる・・・ただ一つを除いて。


思えば俺を孤独から救ってくれたのも彼女だったし笑顔で優しく迎え入れてくれたのも彼女だった!

両親に頼んで俺の生きる道を作ってくれたのも彼女である。


一体、彼女はいつからこの俺を見ていてくれたのだ・・・!?

ふと、そんなことを考えている俺の脳裏に施設で孤独に暮らしていたあの頃の記憶が甦って来た!


木陰で1人、他人を避け座っていた俺に話し掛けて来た少女

「ねぇ・・・君は何で皆んなと遊ばないの? 友達はいないの?」

俺は彼女の顔を見ないまま

「俺は1人が好きなんだ!」

無愛想に答えた、瞳を見ることで他人の心を覗くのが嫌だったのだ。


「私が君の友達になってあげる!」

そう言って右手を俺の前に差し出した彼女に「何だよ!?」 俺は意味もわからずその手を眺め、差し出した少女の顔を見た。


ピング色!・・・俺が他人の瞳から見る初めての色だった!

「友達になる約束の握手よ、さあ手を出して! 約束しましょ」

そう言った少女の瞳を疑わしく見ていた俺は「本当だろうな?」

真剣な眼差しで聞いた!

すると「本当よ!」 彼女も真剣な顔で答える。


「ずっとだぞ!? ずっと俺の友達だと約束してくれるんだな?」

信頼出来る人もなく本当の自分を見せてはいけないと母親に言われ続けていた俺は他人を信じるのを極端に怖れていた!

そんな俺の問い掛けに「そうだよ! ずっと友達だよ! でも?」

言いかけて迷っている彼女に俺は

「何だよ!? でもって何だよ?」

彼女が迷った理由が知りたくて俺はその先を催促した。


「うん! ずっと友達でいいけど大人になったら君のお嫁さんにしてくれる?」

迷った挙句、恥ずかしそうに彼女は言った!

突然の問い掛けに心配なのか胸の前で手を合わせて祈るような仕草で俺の答えを待っている。


「よし! 約束だ、友達になって俺がお前をずっと守ってやる」

そう言った俺は彼女の手を握り

「お・大人になったら俺の嫁さんにしてやる! それでいいんだな!?」

確認する俺に彼女は満面の笑みで「うん!」 と嬉しそうに答えた。


やがて母親のもとに戻った彼女は「あの子と私は結婚の約束をしたのよ!」 と嬉しそうに話すと母親は「それは良かったわねぇ」と微笑みながら言うと手を繋ぎ帰って行った。


そうか! 何故、俺は忘れていたんだ!?

帰り道で名前を聞いた時に怒って帰ったのは当然じゃないか!

彼女はあの日の約束を忘れずにずっと守り続けていたのだ・・・

孝さんや樹里さんは彼女の想いを知っていたからこんな俺を信じて受け入れ温かく包み込んでくれたんだ。


彼女の一途な想いにやっと気づいた俺は溢れる涙を止められないまま急に立ち止まってしまった。


「どうしたの? えっ、何で泣いてるの!?」

心配そうに歩み寄って来る彼女を俺は強く抱き締めた!

「花音、俺は君を愛している!」

俺のあまりに突然な告白に彼女は戸惑う様子もなく俺の胸に顔を埋めながら

「良かった・・・」

彼女は小さな声でそう言った後に軽く目を閉じた。


俺にとって初めてのキス!

花音もそれは同じだった・・・

重なり合う唇に軽い耳鳴りがする、世界は全て消え、甘い香りを感じながらみつめ合っては何度もキスをする。


昇りかけた朝日がそんな2人のシルエットを優しく包む・・・

2人の恋は今、やっと幕が開けたのだ。

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