第35話

猛烈なスピードで繰り出された奴の尻尾を山神が宝剣で受けるとその一撃の凄まじさを物語るかの様な重い金属音が響き渡る!

息つく隙もなく2つの頭が大きく口を開きながら突進して来るが剣を薙ぎ払い辛くも防ぐ山神。


多種多様な攻撃が何度も繰り返されるが山神は一歩も引かずその全ての攻撃を跳ね返し続けているのだが自分から1度も奴に攻撃を加えることはしなかった。


反撃する余裕が無いのか!?・・・いや、そうでは無かった!

山神は奴の攻撃を全て受けながら楽しそうに笑っていたのだ。


まだ人であった頃の山神は幾多の死地を経験し乗り越えて生きていたのだ!

その闘争本能に火がついたのであろう?

人間を怖れ、隠れ棲んでいた蛇である奴と戦いの先頭に立ち自らの進む道を切り開いて来た山神とでは同じ神とは言え持ってる強さが違うのは当然なのかも知れない。


散々、舐めた口調で山神を罵りながら攻撃を続けていた奴もこの展開では言葉を発する余裕も無く山神の攻撃を怖れ、ただ無意味に攻撃を繰り返しているだけに過ぎなかった。


さすがに疲れたのか、奴の攻撃回数もスピードも明らかに落ちて来たと思った瞬間である・・・「むんっ!」

短い掛け声とともに薙ぎ払った山神の宝剣は奴の首の1つを深く斬り込んだ!

黒い血液のような液体を切り口から噴出させながら頭部の重みを支えきれずに頭はダラリと垂れ下がる。


甲高い絶叫のような声が聴こえたがまさに叫ぶような声だった!

飛び上がった山神は攻撃に転じ2つ目の首を斬ると苦し紛れに振られて来た尻尾も深く斬った。


小刻みに身体を痙攣させながらも食らいつこうとする3つ目の頭を正面から袈裟斬りにする!


そこら中を黒い液体で染めながら激しく悶絶する奴を見ながら剣を鞘に納めた山神は俺の方を振り向くと奴の苦しみを終わらせるようにと微笑み掛けようとした時、最後の力を振り絞った奴の尻尾が結さんを目掛けて振りおろされた!


俺は奴を終わらせる為に急ぎ奴のもとに駆け寄り山神は慌てた俺の様子に結さんを守ろうと動き始めたが間に合わない・・・!?

そう思った瞬間!・・・彼女を守ったのは彼女の隣りにお座りしてた子犬のココアだった。


殺気ある気配に気づいたココアは立ち上がるとその姿を青龍へと変えながら結さんの前に大きく立ちはだかり振りおろされた尻尾を自らの長い尻尾で跳ね除けた!

俺はその光景を確認しながら奴の正面に飛び込み身構えると右の拳を苦しむ奴の胸元に叩き込んだ。


「お前は神に相応しくなかったのだ! これから送る永遠の暗闇で後悔するんだな!」

どれだけの尊い命がこいつの為に失われたのだ!?

俺は消滅しながら輪郭が薄れて行く奴の姿を見ながらそう思った。


青龍の姿になり結さんを救ったココアは眩い光りを放ちながら小さくなると子犬ではなく女性の姿に変わっていた!

事なきを得て途中で立ち止まった山神はただ呆然とした表情でその女性の姿を眺めていたが「シルヴィア!?」といつかジルが話していた女性の吸血鬼の名を口にして涙ぐんだ。


名前を呼ばれた女性は一瞬、嬉しそうに微笑んだがすぐに厳しい表情となり

「貴方はいつも最後の詰めが甘いから苦労ばかりすることになるのよ!」

「貴方が勝手に1人で自決した後、私は城を抜け出し散々苦労しながら子供を育て、この珍しい姿から神へと信仰され貴方をそばでずっと見ていたのよ」

見ていた!と言われ山神(彼女の前では柚木 義政である)の表情は硬くなり、ややうつ向き加減になってしまった。


神の中に神が宿るとは愛し合っていた2人だからこそ出来たことなのだろう!

山神は申し訳なさそうな態度のままシルヴィアに「本当に済まない! わしも長年、1人で寂しくてのぅ・・・」

彼女の表情を窺いながらボソボソと呟くように小声で言った。


「貴方の永遠の愛なんてそんなものだったのね!?」

厳しく言い返された山神は何も反論出来ずにキョロキョロすると隠れる場所もみつからず頭を抱え込んでしまった。


これが先程まで強大な敵を相手に一歩も引かず戦っていた山神と同じ神様なのか?・・・一同は大笑いする。


最初、見た時に子犬を山神が気に入った理由は彼女の化身であるからだったのだろう?

何も知らず子犬を気に入った山神の心根が彼女はきっと嬉しかったに違いない!


だが、そうなると美月さんには何と説明するのかが俺には思いやられたが彼女の胸に抱かれて姿を現したのはココアであった!

「仮りの姿は私にもう必要ないから飼い主に返してあげて・・・」

彼女はそう言うとココアを花音に譲り渡した。


「これで万事、解決したことだしこの世界で身近に民を守るより遠くから見守ることにして、さあ貴方!私達も仲良く天界に帰りましょ!?」

そう言って微笑んだ彼女に山神は笑顔で立ち上がると

「琢磨、お前もちゃんと気持ちを伝えるんじゃぞ」 と小声で俺に囁き2人して手を振るとそのまま消えてしまった。


「さあ、俺達も帰ろう!」 俺がそう声を掛けると「ワン!」 花音に抱かれたココアが元気に返事した。

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