第7話 「ココアは誰?」

「さあ、ここが今日からあなたのお家よ!」

自分の部屋に入った彼女は床に座ると子犬を置き頭を撫でながら優しい声でそう言った。


階段を昇って来る足音と共に

「美月ぃ!(ミズキ)子犬の名前はもう決めたの?」

そう尋ねながら母親らしき女性がドアを空けて中に入るとコップを机の上に置いた。


子犬の前にしゃがみ込んだ美月は

「う~ん・・・何にしようかなぁ?」

美月は立ち上がると椅子に腰掛け、置かれたコップを手に取り口元に運びちょっと悩んでいたが突然、コップを置くと言った!


「お母さん!ココア・・・毛色も黒いしココアにしよう!」

そう言うと子犬の前に座り、抱き上げて「ココアでいいよね!?」

満面の笑顔で話し掛ける。


「美月・・・ココア飲んでココアって名前にしたんでしょ?」

「命の恩人ならちゃんと可愛がってあげなきゃダメよ!」

母親はやや呆れたように言った後

「とにかく無事で良かったわ!」

「今夜は疲れてるだろうから早目に休みなさいよ」と言って階段を

下りて行った。


「俺の名前はココアか?」

俺が確認する様に山神に話し掛けると山神は

「何だかいい匂いがする名前で良かったじゃないかのう」

笑いながらそう言うと

「それに部屋の中なら寒くもないし快適な生活が送れそうで助かるわい」と続けた。


「体も綺麗に洗ってくれたし気持ち良かったのは確かだけど名前がココアってピンと来ない気がするなぁ」

俺の不満そうな意見に山神は笑いながら言った。


「お前を見て付けた名前じゃなくて子犬を見て付けた名前じゃぞ!」

「動物の名前なんてそんなもんじゃと思っておったがのう」

2人が会話してる間にもアクビをした彼女は子犬を抱いてベッドにもぐり込んだ・・・

どうやら俺達は彼女と同じ布団で寝るらしい!

シャンプーのほのかな香りが心地良いし胸はふっくらと柔らかく俺は幸せの絶頂にいる気分を味わっていた。


「これだけ気持ちいいと名前なんてどうでも良くなって来たなぁ」

恋人も出来たことが無い俺にとっては初めて知る幸せなんだと考えながら深い眠りに落ちて行った。


次の日の朝、リードで繋がれた俺達は彼女の散歩に付き合ったと言うか彼女がココアの散歩に付き合ったのか!?

昨日の雨も上がり真っ青な空から照りつける太陽の日差しは暖かく気持ち良かった!


昨日から色んなことが有り過ぎて忘れていたが今日は月曜日ではないのか?・・・仕事はどうするんだ!?


いつもお世話になってる如月さんに無断欠勤で迷惑を掛けるのは心苦しいが、こんな状況では仕方ないだろう?

首輪で繋がれてる子犬が俺の姿なのだ!・・・心配するだろうなぁ!?

心配!・・・そう言えば花音も行方不明で如月さん夫婦は必死になって探してたんだった!

それは俺も同じで昨日は花音を探してる途中だったんだ。


何故、俺はそんな大事なことを忘れてしまっていたのか?

子犬を見た瞬間に何だか俺の役目は終わったような感覚になっていたと言うことは・・・「まさかね!?」と笑った。


「何がまさかなんじゃ?またパンツの色でも想像しとったのか!?」

山神が当たり前のように言う。


「何で爺さんは俺をそんなに変態扱いしてんだよ!そんなに知りたいんなら彼女の足元を歩けば簡単に見れるじゃないか?」

そう言い返した俺に「ウ~!」と子犬が凄む・・・やっぱりそうなんだ、こいつは俺達の話してる言葉がわかってるんだ!


「おいっ爺さん!さっきから何を無言で頑張ってんだよ?」

俺が山神に問い掛けると

「お前もタマにはいいこと言うもんじゃなと思って近くに寄ろうと頑張ってるんじゃが子犬が抵抗するんで思うように行かん!」

「立案者のお前も少し手伝ってくれんかのう!?」


全く呆れた山神だ!

飼い犬に手を噛まれるってのはきっとこんなことなんだろう!?

「やめとけよ爺さん!下手すると踏み潰されて俺達は宿を失うことになっちまうぞ」


冷ややかに言った後で山神にさり気なく聞いてみた・・・

「この子犬って本当は人間なんじゃねぇか?」


そう言った俺にココアは反応して立ち止まる!


「お前は全く油断出来ない奴じゃのう・・・ココアと言う子犬は確かにおるが実はもう1人、同居人がいるんじゃよ!」

意外な答えに沈黙した俺に構わず山神は言葉を続けた。


「じゃがまだお前に紹介する訳にはいかん! 蛇の化け物どもに追われてるのでな・・・喋らせたら居所が知れて厄介じゃからの!?」

「もうしばらくは子犬のココアで我慢して貰わねばなるまいて」

山神はそう言って笑った。

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