第87話 悲恋の最終章㉔ 由紀子と暁子

 テーブルに置かれた¥1,000札を茫然と見つめる哀れな姿が

とても小さく見えます。「あーあ、やっちゃったね!情けねー、仕方ない!」

そんな心の裏側を見抜くように店長の岩さんがその¥1,000札をつかみ

「里中・・・これはいいから・・・彼女に返しておけよ!・・・」

「いいえ・・・彼女の代金は僕がレジに入金しますから、大丈夫です。すみません・・・なんかみっともない所を見せてしまいました。」


「里中・・・俺も確認できたけど、さっき慌てて扉を閉めて下りていったの暁子さんだろう・・・最悪のバッティングだな!タイミング悪すぎるじゃん!」

「そうなんですよ・・・暁子さんの定休日は火曜日・・・今日は木曜日なので、カレンダーを見つめてしまいました。なんでこうなるんですかね?ほんと最悪の木曜日になりました。」そんなやりとりをしながらも仕事はしなければなりません。


 しばらくすると昼下がりのお茶タイムで店内が満席になりました。忙しいほうが

気がまぎれて落ち込む余裕が無い分助かりました。由紀子・・・たぶんメチャメチャ怒っていると思うのです。彼女が嫌だ!ということを適当に返事をして曖昧な態度で保留・・・見つからなければそれでいいや!相当なぬるさでこの事件を迎えて

しまいました。自業自得なのです。でも暁子さんの瀬戸際の心の中を覗いてしまい

気の毒という気持ちに支配されてしまったのです。言い訳しかないのです。


 由紀子とはどうしても越えられない壁があるから、どうしてもズルイ自分の

気持ちを優先しています。しばらくはこの思いを引きずらなければなりません。

店内のざわめきが静かにひきだしています。時計の針は午後3時半を回りました。


 「里中!落ち着いたから休憩してこいよ!一服タイムでいいぞ!さっきカウンターにいた山田さんが帰りがけにポツリ・・・今日の里中君どうしたの?元気ないじゃん

だってよ!いいか!お客さんに心配させるな!元気出せ!タバコ吸って来いよ!」

 カウンターの奥にある休憩用スペース、西側の窓から傾きだした冬の陽射し

が長くその光を放っています。


   

      由紀子ごめん・・・ほんとごめん!


   今日は、タバコの煙がやけに目に沁みるんだ・・・

  ねぇ、おかしいかな?

   少し泣きながら、笑ったりしてね。

   ねぇ、おかしいよね!

  吸い方が下手になったのかな?

   きっと、そうだね・・・

  何もかもが、不器用になりだしたから・・・

   由紀子を上手に思うことなんて!

    出来やしない。


   タバコを挟む指が、焼けるほどに。

    由紀子の思いが、ジリジリと胸を揺さぶる

    冬の陽射しがまぶしくて・・・


    少し泣きながら、笑ったりしてね・・・

    ねぇ、おかしいよ・・・

     生き方が下手になったのかな?

           きっと、そうだね・・・


 由紀子ごめん・・・俺って自分のなかでは、ヌルイ奴とズルイ奴が

嫌いだ!そんな事を臆面もなく今まで出してきたけど、やっぱり自分自身が

一番ヌルイを思う・・・越えられない壁を登りもしないで、その高さに

勝手に諦めている小さな男なのです。ブランコみたいに由紀子と暁子さんが

揺れてしまうのです。由紀子と暁子さんがギッタンバッコンなのです。

 俺ってほんとにヌルイ奴です。今年のクリスマスは一人寂しくやけ酒みたい・・・


由紀子ごめん・・・お前の嫌がることをまたやらかしてしまいました。

 カバンの中のレポート用紙に走り書きです。でも今の思いを伝えなければ

と思いました。走り書きですが、ホテルから彼女の住む上中里に郵送しよう・・・

 そんな思いに包まれていました。このまま、ゆけば、必ず終わってしまう予感

があるのです。そうしよう・・・そうしよう・・・走り書きだけど、清書なんか

必要ないじゃん・・・このまま、ありのまま、自然体で俺の今の気持ちを伝えよう!






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る